☆4040の本棚☆ 文庫とミステリに偏っている私的な読んだ本のおぼえ書きです。
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2009.06
09
(Tue)

「五郎治殿御始末」 


浅田 次郎
Amazonランキング:17921位
Amazonおすすめ度:



 時代が変わる。為政者や体制がまったく別のものになる。終戦がひとつの大きな区切りとすれば、その前の区切りは、徳川幕府の終焉と明治政府の始まりである。
 幕府から明治政府への変化は、政治体制だけでは簡単に語れない。人々の生き方や心のよりどころが変わり、生活の仕方も変わってしまった。その混乱の中の人々を、暖かく、面白く、そして悲しくもやさしく描いているのがこの作品です。

 主君に対する忠誠心を描いているのが『椿寺まで』『遠い砲音』。
『椿寺まで』は、商売人に引き取られて住み込みで働く少年が、親方に連れられて目的の分からない旅に出る。そこで少年は自分の出自を知ることになります。潔く商人になった武士が貫いている姿に、ついていこうと決意する少年を描いています。『遠い砲音』は、明治政府の軍隊に入った元武士が、行き場を失った殿様をどこまでも守り続けている姿が描かれています。

 また、江戸時代になかった制度に戸惑う武士たちの話は、現在の当たり前の制度に戸惑う人々が書かれていて、新鮮です。さきほどの『遠い砲音』ではまず時計が読むことができず、遅刻や大砲のうち間違いなど失敗を繰り返し、うまく順応したワカモノに冷たい目で見られるおじさんが「時間」の概念に四苦八苦する姿が面白いです。また、『西を向く侍』では天文方で太陰暦を定めてきた武士が政府から召されるのを待っていたが一向にその気配がない。明治政府が諸外国から取り入れた「太陽暦」に猛烈に反対し、正月が早く来たり、俸禄が調整されたり、民衆が混乱する政治をしてはならないと訴える。時間や暦は便利だけど、今までの習慣の変更を余儀なくされ、行動を区切られて生きにくくなってしまった当時の人々の姿が見えます。

 江戸時代が終わって特権を奪われて路頭に迷ったのが武士です。帯刀が禁止されて、人を切ることは、「罪」に変わってしまった。こうやって、あだ討ちが許された時代がおわり、あだを討てなくなってしまった武士の苦悩を描いたのが『柘榴坂の仇討』。井伊直弼の配下にあった元武士が、車引きとなった仇を見つけ対峙する話です。また、『箱館証文』は、戊辰戦争で命を「金」で売って、明治の世になってそのつけに振り回される4人の元武士が滑稽な話です。
 そして表題作「五郎治殿御始末」は、孫が、江戸時代の最後に生まれ、江戸時代を知る最後の世代と思われる曽祖父から、そのまた祖父の話を聞けたとしたら、こんな話なのではないか…と作られた話です。「孫」は浅田次郎さんご本人なのでしょう。
 曽祖父は、幼いころ、祖父の五郎治と新政府に制覇されてしまった国を出て、死に場所を探してさまよっていた。曽祖父は小さいながらも武士として、覚悟を決めていたが、知人の商人に自害を止められます。商人は、武士も商人もなく、人間として幼子の将来まで奪ってはならないと、命がけで武士だった五郎治に訴えます。商人の下で新しい人生を歩みだした曽祖父と、遠い地で最後まで武士を貫き通した五郎治の悲しい話ですが、どこか暖かい、これぞ「浅田節」で語られます。

 主君への忠誠や仇など、自分の生を捧げるもの(たとえそれが形骸化していたとしても)や、なに不自由なく馴染んでいた習慣を180度ひっくり返されるという体験は自分の身に置き換えると結構恐ろしいものです。それは、いい方向に変わるより、不都合であったり、恐怖を感じる方向に変わるのではという予感があるからでしょうか。
 現在の自分たちの習慣を、受け入れようと努力してきた過去の人々の姿を物語として見るのは、なにかいとおしいものを見ているようで心なしか暖かい気持ちになりますが、そこで失われた日本がたくさん存在するのだなと改めて思います。
 
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2008.10
20
(Mon)

「お腹召しませ」 

がんばる江戸のサラリーマン=「武士」
 

浅田 次郎
Amazonランキング:597位
Amazonおすすめ度:



 幕末の維新の時代の武士たちを描いた短編集。
長く続く中で形骸化してしまった「武士」という存在。借金に苦しみ、かの関が原のときのような合戦にも出たことはなく、おまけに将軍は政を明けわたしてしまう。色々な武士が自分なりの武士の姿で生きていこうとする様子が描かれている。
 おもしろいのが、短編の前後に作者の語りが入っているところである。作者は昭和26年に生まれ、祖父に育てられ、非常に貧しい幼少期を過ごしたようである。江戸っ子の祖父はそのまた祖父などから聞き及んだ江戸の武士の話を聞かせていたという。私たちの世代になると江戸はおろか、戦争中の話しを又聞きすることすらままならない。江戸が少し手に届く時代だったというのは、とても新鮮に感じる。その、江戸時代話を種に膨らませていく過程と、話の終了後のつぶやきが面白い。
 武士という、今で言う、サラリーマンのお父さん達の、悲しくも面白い短編が揃っています。

「お腹召しませ」
 娘婿が横領をして遁走してしまった高津又兵衛。四方に手をつくすも打つ手はなく、お家が取り潰しになるか、自害するかの道しか残っていなかった。腹を切る覚悟を決めるも、哀しいことに親戚も、妻も、娘も「お腹召しませ」と執拗に又兵衛に自害を勧めてくるではないか。すでに腹を切る武士なんてものは何処にもいなくなったこの頃。本当に又兵衛は武士として腹を切るのか・・・!?

「大手三之御門御与力様失踪事件之顛末」
 話は自由を奪う携帯電話へのぼやきから始まる。メールに電話、お構いなしにかかってきて煩わしく、かといって出なければ余計な詮索を受けてややこしくなるだけである。あるだけ余計なコミュニケーションも増えるものだ。いっそ「神隠し」あうしかない、と思いつかれた話。
御百人組の詰所から横山四郎次郎が忽然と姿を消し、数日後に記憶をなくした状態で戻ってきた。長い仲である長尾小源太はこの失踪が天狗による神隠しではないと見抜き、四郎次郎を問いただすと・・・?江戸のサラリーマンの滑稽話。

「安芸守様御難事」
 いろいろ複雑な縁をかいくぐって「安芸守」として殿様になってしまった浅野。殿様として行う様々なことが説明のないまま進められてストレスを感じている。特に縁から籠に全速力で走る練習させられている「斜籠の儀」が何であるのか、誰もが口をつぐんで教えてくれない。どのようなよくない儀式だというのか不安を募らせる・・・。
 これは実在した殿様で、後に明治になって彼が活躍した史実があるということだ。

「女敵討」
  卒業名簿の物故者一覧から「貞」の字を使用した名前が消えたことを発端にした話。
 貞次郎は江戸に2年余りも「単身赴任」している。こっそり江戸の女との間に子をなしていたが、ある日、故郷に残してきた妻が不貞を働いているとの知らせが入る。不貞の場を押さえれば、両人とも切り捨ててよいという厳しい時代。貞次郎は意を決して屋敷へ戻り、ちょうど逢引していた妻と愛人と対峙する・・・。 今で言う中学生くらいで初対面の女子と結婚し、夫婦ではあるが、その絆はむしろ「兄と妹」といった哀しさが産んだどこか悲しく優しい話。

「江戸残念考」
 260年の徳川幕府が大政奉還をし、新しい時代と勢力がだんだんと入り込んできて、自分達の運命がどうなるのか分からない、以前と変わらないけれどどこか不安な江戸の町。浅田次郎左衛門(笑)は、出陣を今か今かと待っていたが、当の慶喜公は戦を放棄したも同然。町には失望と「残念」「無念」の言葉と溜息ばかりが溢れている。「脱走」が相次ぐ中、次郎左衛門が下した武士としての決断は・・?
 戊辰戦争の「上野戦争」をモチーフにした作品。脱走は旧幕府軍の有志として出陣することのよう。ちょうど「憑神」という作品も同じ舞台ですね。

「御鷹狩」
 武士として生まれたのに維新が起こり、その階級の意味がなくなった若者たち。彼らが出た行動は、新政府についた人間らに体を売る遊女を襲い、切り捨てるという暴挙だった。
 高度経済成長期に、貧しかった学生達が政治や思想に青春のたまった欲望を発散させていたように、武士の若者の姿を描いたというこの作品。なるほど、今は豊かだから、有志で集まり、政治やら暴力で発散させることはないということだったか。
2008.05
11
(Sun)

「憑神」 

落ちぶれ武士が祈ってしまったのは、不運の神様だった!次々に襲い掛かる不幸にどう立ち向かうのか!?


浅田 次郎
Amazonランキング:45546位
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 幕末の江戸。別所彦四郎は、将軍家を代々守る御徒士の別所家に生まれた次男。格上の井上家に養子に入り、一男をもうけたものの、妬みにあい、離縁させられてしまった。今は兄の住む実家で居候し、離れで実母とともに無役の日々を過ごしている。
 妻子と離れ、職もなく、日々を嘆く彦四郎は、見覚えのない祠を発見する。そこに出世するように拝んだのだが、「三巡稲荷」と呼ばれるその祠は、拝んではいけない、霊験あらたかな不幸になる祠だった。貧乏神に家財を吸い尽くされ、疫病神に死ぬぎりぎりまで苦しめられ、そして最後には死神が憑くという、最悪の運命が待っていた。

 映画にもなった、浅田次郎さん作の時代小説。
 不運に見舞われる武士の顛末はコミカル。最初は自堕落で情けないと感じられた彦四郎だけれども、読んでいくうちに、幕末の武士がとうに失ってしまった、本来の武士の生き様を持ち続けている男だということが分かってくる。武士らしい生き方は、それが平和ボケで廃れてしまったために政権が危うくなったのであるが、時代にすでにそぐわない生き方になってしまっている。武士として、最後に彦四郎がとる行動は必読の場面である。

 これは、楽しく、ハートフルな話で、時代物を読まない人や、本が苦手な人でもおもしろく読める本だと思う。

   
2008.02
15
(Fri)

「あやしうらめしあなかなし」 


浅田 次郎
Amazonランキング:21811位
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 小さいころ「怖い話」が好きだった。「花子さん」や「本当に会った学校の怖い話」「妖怪の話」・・・。怪談や心霊写真や都市伝説がクラスのなかで流行するなどということも多々あったように思う。ただ、今、そういう「怖い話」にも色々ジャンルがあり、自分がそれら全部が好きというわけではないことが分かる。積極的に恐怖を感じさせるもの―たとえば「呪怨」のような―や、脅かすもの、スプラッタ、痛そうなもの(バキバキと体がねじれる!とか)、実際にあった怪談などはべつに好きではないし、現に見ていない。「ホラー」が好きなわけではないのだ。

 惹かれるのはまさにこの本のような怪談だ。
まず舞台は日本がいい。現在でも、明治大正、戦中でも、江戸でも平安でもよい。
そこに幽霊が出たり怪異がある。「怖い!」ではなく「ぞくっと」くらいでいい。その出てくる霊たちは、人間を脅かそうとして出てきているのではない。現世を生きる人々になんらかの訴えを持っている、もしくは、喚起させる。もしかしたら、幽霊や怪異などではなく、人間がそう思い込んでいるということかもしれないけれど、それでもいい。
 話も、とても悲哀に満ちているストーリーが隠されていたり、幸せを願うものだったりする。
妖のものが出てくるにもかかわらず、人間の儚いストーリーがこめられた、怪談がいい。

 浅田次郎さんの小説は長編も短編も好きでよく読むけれど、この本も絶妙だった。悩みを抱えて生きている人々のもとに、幽霊があらわれたり、不思議な出来事が起こる。単に怖い話では終わらせられない内容で、どれもおもしろかった。 
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2007.01
08
(Mon)

「地下鉄に乗って」 


浅田 次郎 / 講談社
Amazonランキング:4618位
Amazonおすすめ度:



 最近映画になった「地下鉄に乗って」の原作です。
いつも映画より先に小説を読んでしまって、めんどうになって映画を見ないのですが、これは見てみたいですね。(←オジサン俳優の中で堤真一が結構好き。)

 いつもの地下鉄の駅を降りると、昭和39年の日本だった。
これは、主人公である真次が、過去にタイムスリップしながら憎んでいる父の過去を知っていく話です。
 真次の父・小沼佐吉は他人を蹴落としながら突き進んだ実業家。家族をもいたわらない傍若無人な態度。真次はそんな父の元から逃げ、家業は弟に任せ、いまは小さな会社のサラリーマンです。
 家族に暗い影を落としていたのは、そんな父と争い、結果、高校生で地下鉄に投身自殺を遂げた兄の存在でした。

 タイムスリップといっても、どうやって戻るか…という問題にはなりません。地下鉄の階段さえあればすぐに現代に戻ります。
最初は兄が死んだ昭和39年。兄の死の真相を知りたくて、過去への入り口に向かう真次ですが、その度に時代はどんどんさかのぼり、戦後直後、戦時中へと向かいます。
みち子と共に出向いた過去で、アムールという青年と、お時という女性に出会います。それは真次の父・佐吉と、みち子の母親でした。

 過去と現代を行き来し、アムールの生き様をさかのぼる中で、真次は知らなかった父の素顔を見ます。
そして、その先待ち受けている、真次とみち子の秘密と運命。
特に、みち子が最期、自分と母親と、恋人を秤にかけたところは衝撃でした。
家族の関係や愛情が悲しいけれど暖かく書かれた作品でした。
2006.11
21
(Tue)

「霧笛荘夜話」 


浅田 次郎 / 角川書店
Amazonランキング:173070位
Amazonおすすめ度:



 「霧笛荘」という古めかしいアパートの住人の人生を追う7つの短編集です。

 「霧笛荘」は船の出入りする運河のほとりにある古いアパート。
謎めいた纏足の老婆が管理人を務め、中華と西洋が合わさったような建物は半分地下に埋まり、湿気がひどい。家賃は法外に安い。
アパートには何らかの不幸や訳ありの者たちがたどり着き、住み着いている。現代なのに、どこか遠い別の国の下町のようで・・・。
なかなか乙な設定でございます。

 老婆が、行き着いた「誰か」に一つ一つの部屋と、前の住人の話をしていくというスタイルです。前の住人達は、娼婦ややくざもの、労働者、歌手を夢見る若者、復員した男など影や苦労を背負った人たちばかり。
 彼らの人生は決して幸せな様子でもなく、全てが過去語りなので、余計に哀愁があります。
すべての人々が内にこもって、バラバラなのかといえば、そうではなく、傍目には分からなくても、住人達は精神的に支えあっているということが徐々に見えてきました。ラストの話では、現代社会の「魔の手」が霧笛荘に忍び寄ってきますが、そこで彼らが霧笛荘を愛していたことが垣間見られます。
 一人一人の人生を老婆は語りますが、みなまで語られないため、その後彼らがどうなったか分かりません。話の設定上、もう霧笛荘には誰も住んでいないことになります。そのへん、ちょっぴり悲しいですが、誰もがその時間と場所にとどまり続けているというのはありえないのです。小説だからってハッピーエンド!じゃおかしいですしね。人生ってそういうものらしい。

 浅田さんの短編小説は飽きないので好きです。
人間くさいのも、おっさんくさいのも、今作のように少し幻想的なものも。これから冬にかけて浅田さん作品を色々読もうかなと思います。

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2006.01
30
(Mon)

「沙高楼綺譚」 


浅田 次郎 / 徳間書店(2002/05)
Amazonランキング:154,940位
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「沙高楼にようこそ。今宵もみなさまがご自分の名誉のために、またひとつしかないお命のために、あるいは世界の平和と秩序のためにけっして口になさることのできなかった貴重なご経験を、心行くまでお話くださいまし。いつもどおり、前もってお断りしておきます――お話になられる方は、誇張や飾りを申されますな。お聞きになった方は、夢にも他言なさいますな。あるべきようを語り、巌のように胸にしまうことが、この会合の掟なのです――・・・・」 
 
各界の名士たちが集う「沙高楼」。
青山の高級マンションの最上階。洋館のような一部屋でその会は行われる。
 ミステリアスな女装をした主人に誘われ、様々な方面の人間が、いJ分の秘密を暴露しあう。
 金持ちのただの道楽か。深い意味があるのか。
  人生の中で出会った面妖な体験、普通なら口が裂けても明かすことはないだろう秘密。聞くものも、話すものも、一様にずしりと重いものを抱える。そんな会である。 
 そういう高貴な(?)設定で、話が続けられるというのはなかなか興味深いです。江戸川乱歩に、赤い部屋だったか、そういうミステリアスな話をしていく会みたいな短編があったのを思い出しました。
 浅田さんの作品は、どちらかといえば人情系の話ばかり読んでいたので、ちょっと違う感触がありました。
 女(風)主人が誰なのか、なぜこの会が開かれているのかは謎のまま。続編もあるようで、読んでみたいなと思います。
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2005.10
18
(Tue)

「姫椿」 


浅田 次郎 / 文芸春秋(2003/09)
Amazonランキング:43,331位
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 浅田次郎さんの短編集です。
そういえば鉄道員も短編集でした。ハードボイルドから歴史小説、人情物までなんでも書ける人だからほんとうにすごいです。

シエ(xie シエ)[漢字でけもの編に解] <心温まる話>
姫椿         <絶望の中に見た過去と、少しの希望>
再開         <現代ホラー!?>
マダムの咽仏     <オカマの人生>
トラブル・メーカー   <現代「ある意味」ホラー>
オリンポスの聖女   <なんだか昔のにおいがする恋愛>
零下の災厄   <事実は小説より奇なり>
永遠の緑   <競馬と親子・夫婦愛>

「シエ」がよかったです。シエは中国の伝説の動物であり、善人と悪人を見分けるという動物です。大切な犬を亡くした女性がそのシエに出会います。
一番不幸なことは、幸せを拒み続けること。最後は、ありがちと言えば、ありがちな展開です。でもとてもほっとするのでこんな話も悪くないし好きです。
 「姫椿」と「マダムの咽仏」、「永遠の緑」も同様に救いや希望のある話でした。
ほかのものは、なんだか現代社会の切ない現実を表しているものや、それゆえに怖い話でした。
2005.09
04
(Sun)

「見上げれば 星は天に満ちて」 


浅田 次郎 / 文芸春秋(2005/05)
Amazonランキング:20,969位
Amazonおすすめ度:


浅田次郎氏が、今までに読んで、多くの人に読んでほしいと思った作品が載っています。
どれも、文学史で名前だけ知っていたり、国語の問題にあったような、昔の文章。
この本のようなすばらしい 機会がなければ、よむことはなかったでしょう。
収録されているのは、森鴎外、谷崎潤一郎、芥川龍之介、川端康成、中島敦、山本周五郎、永井龍男、井上靖、松本清張、梅崎春生、立原正秋、小泉八雲の作品。
メジャーな作品ではなくて、短編。感動する話とかではないけれど、話のテーマにするところが今の小説にはあまりない着眼点のような気がしました。
 何がすごいとかよくわかりませんが(^^;)
私の中では、井上靖の「補陀落渡海記」が印象に残っています
2005.01
06
(Thu)

「蒼穹の昴」 


浅田 次郎 / 講談社(2004/10/15)
Amazonランキング:4,076位
Amazonおすすめ度:


浅田次郎の「蒼穹の昴」。文庫本にして4巻分の大作。とても面白かった。
お正月の間にゆっくり読もうと決めていたのに、結局28日から読み始めて1日には読了してしまった。

話の舞台は中国清朝末期。西太后が権力を握っていた時代で、ラストは「百日維新」「戊戌の政変」が舞台になっていた。世界史の教科書なしには読めません(笑)この後の、溥儀のあたりの話はよくあるみたいだけど、ここにスポット当てたのはすごいなと思う。
李鴻章、袁世凱、康有為といった世界史で見たことある名前から、何故か、乾隆帝(の霊?)やカスティリオーネ、後の毛沢東まで現れる。かなり勉強にもなる感じだ。

話は、2人の人物を中心にまわっていた。1人は李春雲という極貧の子。もう1人は梁文秀という地主の次男。放蕩息子だけど、科挙に挑戦する。私は、この文秀さんがお気に入りです。破天荒な人物だけど、すごい意思を持ったかっこいい人だと・・・(^^;)
李春雲は、占い師に将来国の財宝を手にすると予言され、科挙を受ける文秀についていき、彼とは別れてしまう。後に自ら宦官となり、西太后に仕える身になる。文秀のほうは、科挙に見事トップで通り、皇帝の下につかえるようになる。(宦官についても勉強(?)になる。纏足にしろ、宦官にしろ中国って近代まですごいことやってたんだなぁ・・。)
この二人の運命や、清の国の行方、西太后をめぐる人々などなどがからまって話は進んでゆきます。

人と人のつながりが巧妙。中国語で読みにくい名前の上に、多くの政治家がでてくるので、人物把握が大変だったけど、思わぬところにつながりがあるし、一人一人の設定もおもしろかった。
「西太后」の書き方もおもしろかった。彼女は、実の夫や子どもを殺してまで権力を握り、贅沢をつくした怪女というイメージがあった。確かにそういう部分も描かれていたけど、ここでは、甥である皇帝を愛し、弱いところもたくさん持つ女性として描かれていた。大国を背負わされた悲しい運命を持つ女性だった。

とても長い話だけど、続きが気になって、一気に読めた。時間がある方、中国の歴史が好きな人にはとくにおすすめです。
それにしても歴史小説ってすごい、って改めて思った。いろいろな史実を調べて、研究した上で、資料を物語に、人物にキャラクターを、作者なりの解釈で作っていく。並大抵のことじゃぁできないです。
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