☆4040の本棚☆ 文庫とミステリに偏っている私的な読んだ本のおぼえ書きです。
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2009.06
14
(Sun)


なかなか読書のペースが上がらないので、久しぶりに森博嗣さんの本を買ってみました。

 編集者が、今までに出された森さんの本から抜粋した文章に、森さんが写真を添えたというシンプルな本です。 抜粋されたものは、「S&M」「V」シリーズやいくつかの短編で出てきた、登場人物たちの思考や会話です。それは森博嗣さん自身の思考そのものです。

人間の思考、愛、孤独、社会、言葉、愚・・・そういうものの表現が、普段考えないようなことばかりで、研ぎ澄まされていて、潔さが心地がよい。些細なことに喜んだり苦しんだり、思考は浅いし、心も頭もぐちゃぐちゃ落ち着いていない自分は、ここまで冷静に物事を見ながら生きるなんてできないのですが、読んでいたら、その間だけは静まるような気がします。

 間違いなく、読む人によっては、意味が分からなかったり、詭弁だと感じたり評価は分かれるでしょう。私にしても、理解はできていないし、森さんの作品が好きだからこそ、こういう思考の文章が好きだと思っているだけであって、そういう文脈がなければ琴線にも触れないのだろうな。

 写真も素敵なんですね。そこにあるのは美しい風景ではなく、むしろ身近にある雑多な自然や、ガラクタだったりします。不思議なのは、街にごろごろ転がっている「形」がキレイに抜き取られているところで、風景としてしか世界を見ていない自分にとって、図形を見つけられる森さんの目は凄いなと思います。

 単に小説として50冊近く読んできましたが、もう一度読むことがあれば、深い台詞にもっと目を留めて読んでみたいものです。この本にのっているのはほんの一部でしかないのです。
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2008.11
29
(Sat)

「探偵伯爵と僕」 

 「子供たちに、大人は偉いと見せかけている。これはなかなか大掛かりなトリックだ」



 久しぶりの更新です。年末は忙しく、本を買えず・読めず・更新できず。そんな中、しばらくカバンに入れていたのがこの本。

 近頃、「理不尽な理由」で人を殺す人がいる。「社会に恨みが」「自暴自棄になって」「誰でもいいから殺したかったから」。誰もがなぜ彼らが殺人に走ったのか理由を知ろうとする。彼らは異常な精神の持ち主で、悲惨な過去や挫折の昔があり、あぁそんな人間ばかりが生まれてくるのか、怖い怖いおぞましい。
 「理不尽な理由」とは言うけれど、人を殺していい正当な理由は何処にもない、と私は思う。「理不尽な理由」でなくとも、奪う、排除する、守るなど、誰もが理解できる理由があれば、殺していいのかといえばそうでもない。殺していけないものは殺してはいけないものなのだ。事例を細かくしていけバイクほど、その信念は薄れてしまう。
  そもそも人を殺してはいけないというルールは、自分が殺されたくないという意識が一番の根底にあるだろう。自分が殺されないためには、相手を殺すか、殺されなくてもいい関係・状況になければならない。昔は前者が勝っていたのだろうが、学習したのか、ヒトは殺されなくていい関係を、法律やルール、宗教など「殺してはいけない」という考え方によって作ってきたんじゃないかと、荒削りだけど思う。
 逆に、私たちが何故人を殺さないのかを考えてみる。法律で決められているから、悪いことだから、必要がないから、怖いから、哀しいから、誰かが悲しむから。動物なら自分の命を守ったという事実しかないが、人間にはそこに各々あらゆる感情が起こるのだ。殺されたくないという気持ちに加えて、殺したくない理由が溢れているのである。
 感情、家族、社会的地位など抑止してくれるもの、ルール。なんでもいいから、人それぞれなにか思いとどまらせているものがあるはずである。「理不尽な」殺人犯たちにはその何でもいいから抑止するものがなかった。悪いことであるとは知っているのである。ただ、それは世の中から押し付けられたものでしかないのだ。色々な要因があるとは思うが、どんな人生の歩み方にしても、殺してはいけない、殺さない、自分なりの理由や抑止してくれるものが見つけられないとそうなってしまうのだろう。
 かといって、自分がヒトを殺してはいけませんっ!と啓蒙してまわる気はないし、そんな社会にならないように色々支援活動などもできないし、現実的ではない。できることといえば自分が殺さないことと、少なくとも怨恨などで殺されないような生き方をすることと、子どもができたとして、それを考えるきっかけを与えてあげることくらいだろう。

 殺の字が多くて物々しく、長くなってしまいましたが、この話は、一見夏休みの冒険譚と見えて、実に深いおもしろさを持った本です。
 小学生の新太は、自分をアール(伯爵)と呼ぶ男と出会い、「友達」になる。伯爵は探偵で、何かを調査しているが、ひげ面で真夏でも真っ黒なマントのようなスーツを着ており、神出鬼没で実に怪しい風体である。そんな中、新太の友人が失踪する事件が起こる。伯爵は、どうやら一連の子どもの誘拐殺人事件を独自に追っているようである。そして、新太自身も狙われ、ピンチに陥る。この一連の話が、夏休みに起こったハラハラする冒険の日記になっている。
 日記とはいえ、ラストにも関係するが、とても小学生の日記とは思えない出来である。小説家だから気づくのだろう、言葉やレトリックへのツッコミが面白い。伯爵のキャラクターがよい。最初「ZOKU」のような、架空の団体、社会制度の人間なのかと思ったが、ただの話が深くて行動が怪しい、魅力的なキャラクターだった。新太自身も、言葉多少知らなくても、思考が子どもと思えない(お話なので当たり前であるが)。ドライで頭がいい、どこかかわいくないけど、いい子どもである。
 ユニークなキャラクターに起こる事件。子どもに分かりやすい、小説家の言葉遊びが詰まった、面白いお話かと思えばそうでもない。恐ろしいのは起こっている事件が、現実に近いものである点である。小学校で何人もの児童を殺害する事件例や、「理由」なく子どもを殺す愉快犯が出てくる。多くの大人がなぜそんなことをするのか理解が出来ないと訴え、仇を討ちたいと必死になる大人たちを見た新太。彼は「嫌なことだからしたくない」から殺さない、殺してはいけないんだなと自分なりに冷静に考える。
 現実に起こりうる事件を用いて、社会派で重々しく感情や事件を絡ませた素晴らしい作品もあるが、この話は、子どもの視点を用いて、軽いタッチでこの問題を書いたところがすごい。 ミステリは往々にして、事件がやはり現実的ではない。面白いのは解決するところにあるからだ。森さんの今までの作品も解決が面白いものが多かった。メッセージはこめられているが、あまり表立っておらず、むしろ難解だった。この本は、なんか違う、分かりやすいなと感じていたけれど、『かつて子供だったあなたと少年少女のためのミステリーランド』という子どもも読めるシリーズが元だったということで分かりやすかったのだ。なるほどね。

 表紙は鈴木成一デザイン室のものでした。空のような地面のような、不思議な絵・・。
 
2008.08
02
(Sat)

「スカイ・イクリプス」 

『綺麗だ。
 濁ったものはここにはない。
 なにもかも、消えてしまったから。
 美しい。
 空しかない。』

 

森博嗣
Amazonランキング:196位
Amazonおすすめ度:



 「スカイ・クロラ」シリーズ5巻の番外編。8つの短編が収録されている。シリーズの登場人物が出てきたり、誰か分からないパイロットの話であったりする。最後のほうはシリーズでわいた謎をクリアにしてくれそうで、いっそう混乱したりするようなとびっきりの話があったりもする。終わって寂しかったところにうれしい1冊である。

ジャイロスコープ Gyroscope
ナイン・ライブス Nine Lives
ワニング・ムーン Waning Moon
スピッツ・ファイア Spit Fire
ハート・ドレイン Heart Drain
アース・ボーン Earth Born
ドール・グローリィ Doll of Glory
スカイ・アッシュ Ash on the Sky

 ずっと文庫版で5冊買っていたけれど、今回は待つことができずに、ハードカバーで。もともと鈴木成一デザイン室による装丁のハードカバーが欲しかったけれど、お金がなかったのだ。あまりにも空の写真が綺麗だから、いっそ8,000円出して5冊のBOXを買ってもいいかも。
 文庫版は、すべてハードにあわせた1色使いのシンプル版。今売られているのは映画版の表紙になっている。

 スカイクロラシリーズはこれで終わり。世界観も、話も、謎も、すべて深くて面白かった。どうしても謎を知りたくて、この本を読んだ後、もう一度5冊とも読んだ。色々考えて何か書こうかと思っていたけれどやめました。クリアに書かれていないということは、そういう余韻を残して読む作品だということだろう。真相については、mix●などで議論されていて、成程と思うものもいくつかあったので、それで充分ということにした。
 今日公開の映画でも何か分かるのかもしれないけれど、映画は興行収入が上がらないから多くの人にわかりやすくなっているイメージがあって、分かりやすい違うストーリーになっているような気がする。でも飛行機が空を飛んでいるシーンは、体験がないので想像がつかなかったところも多いから、映像で見てみたい。

 全部読んだ感想を、別に1度かいておこうかとも思う。今はぐるぐるといろんなことを考えているところだから、またそのうちアップしよう。誰も読まなくてもね。
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2008.07
03
(Thu)

「もえない―Incombustibles」 


森 博嗣
Amazonランキング:60698位
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 森博嗣さんのミステリ小説。
 ちなみに表紙は鈴木成一デザイン室のもの。

 高校生の淵田は、亡くなった同級生の杉山の父から、彼が持っていたという金属プレートを渡される。プレートには、なぜか淵田の名前が刻まれていた。さほど仲がよかったわけでもない杉山からの謎の遺品に戸惑う淵田は、以前、杉山から手紙を渡されたことを思い出す。
 手紙には「友人の姫野に、山岸小夜子という女に関わらないように伝えて欲しい」と書かれている。姫野は山岸とつきあっていたがすぐに別れており、二人は首をかしげる。そして、調べると山岸も亡くなってしまっているらしい。
 そんな中、姫野のガールフレンドの飛山と会うが、彼女は淵田と小学校で同じクラスだったという。しかし淵田はそれを覚えていなかった。なにか自分には欠落している記憶があるのではないかと彼は疑い始める。
 何故か気になって手繰り始めた杉山の交友関係と、淵田の過去の記憶とがクロスしたときに分かった真相は・・・という話だ。

 1行1行を改行して描かれる、記憶を極限まで辿ったり、犯人と攻防するシーンがこの作品にも登場する。登場するのが普通の高校生なので若々しいけれど(大金持ちや天才などは出てこない)、「カクレカラクリ」よりはかなり静かで落ち着いている作品だったと思う。

 森博嗣さんの小説では、記号論のようなテーマが語られることがある。
名前は人間が認識するためにつけるものだ。認識だけではなくて、時にその名前のために働いたり、人を傷つけたりもする、結構重い存在。人が死んでしまった場合、肉体は消えてしまうけれど、残るのは名前である。もちろん名前すら消えてしまうこともあるけれど。

 「もえない」は、間違っても「萌えない」ではないことがわかってほっとしている。

2008.05
02
(Fri)

「クレィドゥ・ザ・スカイ 」 

「森先生、やっぱりわかりませんでした」


「スカイ・クロラ」シリーズ、第5巻「クレィドゥ・ザ・スカイ」です。

~Cradle the Sky~

クレイドルの意味はゆりかご。

 スカイ・クロラシリーズは全5巻+番外1巻。「スカイ・クロラ」から読み始め、「クレィドゥ・ザ・スカイ」が最終巻。しかし、時系列で並べると4番目で、最終巻が「スカイ・クロラ」になる。
 この作品の素晴らしさは、その詩的で静謐な空気と、大人とは、こどもとは、自由とは何かを問いかける深いテーマと、そしてすべて読んでも解けない謎である。

 本巻の最大の特徴は、最大の難問でもある。主人公(視点)である「僕」が誰か分からないのである。これは草薙ともとれるし、クリタともとれるし、カンナミともとれるのである。

 この「僕」は何らかの事件か事故で入院しており、自分が誰なのか、記憶が曖昧になっている。病院を抜け出し、娼婦のフーコとしばらく過ごした後、研究者の相良のもとに向かう。相良のところでかくまってもらうのであるが、彼女自身も警察に監視される立場だった。相良はキルドレを使った戦争に反対し、キルドレから普通の人間へ「僕」を戻したがっていると見られる。「僕」は自分の記憶や、空を飛ぶ空想の間をゆらりゆらりとした状態で、目的もなく逃げている。

 詩的で美しい飛行シーンは2回のみ。どちらも本来の戦闘の場ではない。「僕」は自分がどのような歴史を持った何者なのかという記号を持ち合わせていない状態だ。ただ、自分は空を飛び、踊り、誰かを打ち落とすか、自分が落ちるか、その役割としての自分しか持っていない。自分がもう飛べないかもしれないという状態の中、飛んだこの2つのシーンはまさに体が覚えているという感じで空を飛んでいる。

□キルドレ~「大人への自己成長を拒み、子供としての自己実現を目指して破綻していく」(押井守)

 キルドレとはどんな存在か。ただ器が子どもで精神が大人というわけではない。薬によって生み出され、戦闘のために「利用」されている、そして寿命がない。作中の世界では、キルドレによる戦争をおこすことで、一般の人々に戦争の醜さを知らしめるという機能があるらしい。そう考えると、キルドレは大人の都合で利用される犠牲者である。ソマナカの科白で「ずっとずっと誇り高い勝利者なんです。犠牲者は我々大人のほうだ」とある。普通の人間の生活や幸せと格別し、一定の狭い組織の中で、死と隣りあわせで生きるというと、不自由のきわみのようであるが、彼らにとっては、普通の社会で縛られ、かといって反抗もせずねちねちと生きる大人たちのほうがよっぽど不自由なのである。空を飛ぶという役目のなかにこそ、自分達の確固たる生きる道を見つけたという点で、キルドレは大人とも、大人に左右されるか、どこにも飛び立てない子供よりも自由な存在なのかもしれない。
 映画を撮る押井守監督のあとがきを是非読んで欲しい。ぼやけていたキルドレ像がすこし浮かび上がってきた。
 
□謎
 シリーズをずっと読んできて、この作品で何かがクリアになるかと思っていたけれど甘かった。新たな謎が浮かび、そしてすべての謎を解く鍵がこの巻に集まっていると思う。でも、明確な答えがでない、そして出なくてもいいと思わせるのが森さんの作品の魅力でもある。ただ自分に読解力がないだけなのかもしれない。とても気になるけれど・・・。

 私が持った印象は、草薙とクリタ、そしてカンナミは同一人物なのではないかということ。「四季」みたいな多重人格というか、長く生きるキルドレであるため昔の記憶は処理されるか、組織の力で新たな人格を植えつけられるかしたんじゃないかと思ったのだ。この本の「僕」にも、エピローグのカンナミの心にも、草薙のコードネームを呼ぶ、「ブーメラン飛んでいるか?」の声が聞こえてくるし、「スカイ・クロラ」の三ツ矢の「クリタが死んでカンナミになった」という発言も気になる。
 しかし、草薙とクリタ、草薙とカンナミはそれぞれ別の人物として出会っているのである。矛盾だらけである。どこかで人格を統合されてしまったとか都合のよい話でもあるまい。文章のどこかで「僕」の視点が変わっているんだろうけれど、何処で変わっていても、3人のうちの誰かに思えてはっきりしない。

 謎を挙げれば枚挙にいとまがない。
普通のミステリなら、詳細まで判明するところだけど、他の「森ミステリ」ですら同期など謎が明かされないまま終わるくらいだから、この神秘的な作品は謎をふくんだままでも仕方がないのかもしれない。
4040の頭ではもう追いつかないので、謎解きは他のサイトさんを見せてもらって楽しませてもらおう。

 魂から空を舞うことを愛し、飛び続けたいと願っていた草薙。しかし、「スカイ・クロラ」では、人生を見失い、疲れ果てた姿に見える。代わりに登場したカンナミは、他の3巻で草薙がそうだったように空に恋焦がれ、美しく飛んでいる。どんな形かはわからないけれど、この2人の精神はどこかで繋がっているのだと思いたい。
2008.04
24
(Thu)

「ゾラ・一撃・さようなら」 


森 博嗣
Amazonランキング:81630位
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 森博嗣さん2007年発刊の1冊。シリーズモノではなく書き下ろし作品。

探偵の頸城悦夫は、友人の法輪洋樹から、クライアントを紹介される。クライアントは志木真智子というフランス在住の女性で、母親と共に日本に来ていた。洋樹の叔父であるタレントで元知事である清治郎が持つ宝石を取り戻して欲しいというものだった。それは、母親が昔持っていたもので「天使の演習」と呼ばれる宝石という。本当に取り戻せるのか見当もつかない仕事だったが、真智子に少なからず興味を抱いた頚城は仕事を請ける。
 頚城は清治郎の自叙伝の出版という名目で清治郎の屋敷に潜入することに成功する。清治郎は、今、命を狙われているといい、実際に頚城の目の前で何者かが仕込んだ爆弾が爆発する事故も起こった。命を狙っているのは「ゾラ」と呼ばれる殺し屋らしい。「ゾラ」は噂を流した後、銃で一撃で暗殺するという。
 頚城はゾラの問題と、宝石を取り戻そうとする志木母娘の計画の両方を調査することになった。

 帯に「新感覚ハードボイルド」とあるけれど、結構ソフト。ハードボイルドというと、バーボンがにあい、銃や苦境にめっぽう強い、渋い無口な男や、国家・世界をまたにかける組織VSマフィアというような臭いイメージがある。分かりやすく言えばゴルゴ31!定義が分からないのでなんともいえないけれど、ハードボイルドではなかったと思う。スリリングでロマンスがあるあたりがハードボイルドだったのかもしれない。

 タイトルがいい。一見意味は分からないけれど、ぴったりではある。森さんの小説のタイトルはリズムがあるから好きだ。 
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2008.03
20
(Thu)

「フラッタ・リンツ・ライフ」 



「スカイ・クロラ」シリーズ第4巻「フラッタ・リンツ・ライフ」です。

"Flutter into Life"

いつも英語はちょっと違った音のカタカナで表現されていて面白いですね。

人生の中に飛ぶ・・・うーん、語彙も表現力もない自分がふがいない。


 この作品は、「栗田仁朗」の視点で描かれている。

 栗田はダレかは「スカイ・クロラ」を読めばチラリと出てくるので分かる。非常に気になる人物だ。栗田も、もちろん戦闘機乗りで、草薙水素大尉のチームの一員である。
 草薙水素とキルドレの真相にぐっと迫る、一作。(裏表紙の本の紹介とはちょっと印象が違う内容。草薙の元で飛び、恋人と風俗嬢フーコに会う空虚な日々・・みたいな印象を受けたので)少し真相が分かると、その分謎が増えていく。それがあと1作で本当にわかるんだろうか?あと1作で「スカイクロラ」にどう繋がるのかもとても気になる。

 いまは、真相が知りたくて読み進めている感じだけど、全巻読んだら、最初からゆっくり読んでみたい。多分、感想は表現できないと思う。難しい・・。

フラッタ・リンツ・ライフ―Flutter into Life

鈴木成一デザイン室 デザインの上製本版。
透明フィルムで巻いてありますが、これは「帯」らしいです。
2008.03
05
(Wed)

「λに歯がない」 

「Gシリーズ」第5弾。研究所の一室で、関係のない4人組が殺害されていた。「λに歯がない」と書かれたメモがおかれていた。


森 博嗣
Amazonランキング:60505位
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 Gシリーズ第5弾の「λに歯がない」(ラムダに歯がない)です。今回は研究所・密室です。

 建築関連の研究所の一室で、4人が銃殺体で発見された。ポケットには「λに歯がない」の謎のメモが残されており、遺体はすべて歯が抜かれていた。最新の建物の一室から、犯人はどうやって脱出したのか、被害者は誰なのか、謎は深まるばかり。そして、一連のギリシャ文字の事件と何か関係はあるのか?

 だんだん話が、事件自体の難しさや、ダイナミックさというおもしろさから離れてきたように感じる。Gシリーズは、小さい事件の連続で、一連のシリーズの結末への伏線のために存在しているようだ。
 西之園萌絵は、この一連の事件で集団で自殺をする人々がいると知った。両親が飛行機事故で亡くなったとき、どうして自分が死ななかったのか。それについて考えるようになり、封じ込めてきた当時の記憶に向き合う―そんな場面が登場する。
 また、探偵の赤柳初朗は、どうやら保呂草やその周辺と想われる人物と連絡をとりあっている。一体彼らが何を目指して行動しているのかも気になるところ。

 引退宣言をしている森博嗣さんの話によると、Gシリーズは全部で12作になる見通し。それに、Xシリーズが5作ほど加わる形で、どんな結末を描こうとしているのか楽しみ。
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2008.02
10
(Sun)

「ダウン・ツ・ヘヴン」 


森 博嗣 / 中央公論新社(2006/11)
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「スカイ・クロラ」シリーズ第3巻「ダウン・ツ・ヘヴン」です。

「Down to Heaven」―天に墜ちる?

 この間は、「ナ・バテア」の続きで草薙の視点です。
戦闘中に怪我をして入院させられた草薙。一刻も早く、再び空を飛びたいと願う彼女だったが、彼女を取り巻く状況がそうさせてくれない。レベルの高い戦闘機乗りである彼女は、上官になることを望まれ、また、「会社」の広告塔として動くことを余儀なくされる。初級パイロットへの研修や、記者会見、パフォーマンスとしての戦闘―。

 キルドレとして生まれ、永遠に続く生を、空を飛び、死と日々向き合って暮らす草薙。その一番愛する空を飛ぶという自由な世界を、大人や社会というものから奪われようとする危機が訪れる。 いつも観念的な世界だったこの本に、少し周囲の世界が入り込んでくる。
この世界の「地上」では、戦闘は一般人に向けての、なんらかのパフォーマンスらしい。会社と会社や、政府が絡んで大人たちが利害で争っているようだ。印象としては、平和の大切さを知らしめるための戦争なのかもしれない。大人たちは戦闘で人が死ぬことを非難する傍らで、戦争を推し進めている。その真っ只中で、ただ空を愛し、死んでいくのがキルドレなのかもしれない。

 この間でもちょこちょこつながりがみれます。前号に出てきた人との再会や、おそらく重要になってくる「彼」がココで登場します。あと2巻が気になります。

ダウン・ツ・ヘヴン―Down to Heaven

ハードカバー(鈴木成一デザイン室)
2008.01
19
(Sat)

「ナ・バ・テア」  


森 博嗣 / 中央公論新社(2005/11)
Amazonランキング:2753位
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「スカイ・クロラ」シリーズの2巻目の「ナ・バ・テア」です。

 「none but air」、つまり「空気しかない」ということでしょうか。

 このシリーズは、1作目「スカイ・クロラ」がシリーズの中で一番最後になるもので、2作目からは過去に何があったのか探っていく形になる。それでなくとも、設定が現代社会ではないにもかかわらず、余計な説明が一切ないため、設定やことの真相をより知りたくなってしまう。秘密めいた作品だ。結末を最初に与えられしまうと、その結末に向けて、主人公がどういう道を辿っていくのかとても気になる。最初に読んだラストに繋がる内容を拾っていきながら読むのはとても楽しい。でも、森博嗣さんの作品だから詳しい真相なんて結局分からないまま終わってしまうんだろうなと思う。もちろん、時系列に順番にこの2作目の「ナ・バテア」から読むのも悪くないと思うけれど、どっちがよかったかはもう試すことはできない。
 また、そういう内容もいいけれど、シンプルで研ぎ澄まされた世界観がこの作品の好きなところ。

 あらすじはみなまで書いてもおもしろくないので、適当に。

 主人公の「僕」は、永遠を生きる子ども“キルドレ”で、飛行機に乗り飛ぶためにだけ生きていると思っている。新しいチームに配属された僕。そのチームには尊敬されている「ティーチャ」と呼ばれる飛行士がいた。僕は彼と一緒に飛べることになった。
 この主人公の「僕」は徐々に女性であること、そして、1巻目で登場した草薙水素であることが分かってくる。この「ナ・バテア」は草薙が飛行士として飛んでいたころ、それも若くて頭角を現し始めるころの話だ。


↑鈴木成一デザイン室による装丁<ハードカバー>

 
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Author:4040
4040です*
最近のお気に入りは、梨木香歩さん、森博嗣さん、伊坂幸太朗さんです。
私も読んだぞという方は、これもいいぞという方は是非教えてください♪

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