☆4040の本棚☆ 文庫とミステリに偏っている私的な読んだ本のおぼえ書きです。
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2008.10
26
(Sun)



 せっかく書いたのに消してしまった・・・。がんばってもう一度書きます。

 続いて、深夜特急の第三便を読みました。第一便はまた今度!
デリーから乗り合いバスでロンドンを目指すために始まった、沢木氏の香港からの長い旅。第三便のこの巻では、トルコから、ギリシア、イタリア、フランス、スペイン、ポルトガルを経て、ロンドンへ向かう、旅の終盤が描かれている。
 トルコでは、日本から頼まれたものを渡すために、亡くなった画家の愛人に会いにいく。ギリシアではヨーロッパと旅の終わりを感じ、ローマでは今度は先の画家の未亡人と出会う。フランスから、寄り道で南ヨーロッパを訪れ、ポルトガルで最果ての岬に立つ。

 旅をはじめて1年を超え、沢木氏の旅への感じ方がどんどん変わってきている。それは、アジアから次第にヨーロッパの国や文化に入り、国の違いによるものだけではなさそうである。長く旅を経験してきたおかげで、新しいものに触れる喜びや好奇心が薄れ、これまで経てきた国や経験を思い出してしまうのである。旅の始まりが青年期であるとすれば、もう、壮年や老齢期といったところだと感じている。ヨーロッパが迫り、どこかで旅を終えなくてはいけない、終えたくない、終えるのが怖い、でも終えなくてはいけない。そういう漠然とした不安や焦りが見えてくる。
 放浪のたびを続ける沢木氏の心境や、物価も高く、観光地としても名高いヨーロッパという別の文化圏に入っていく雰囲気が、混沌としたアジアが終わり、旅の終わりという寂しい感じを呼び起こすところが面白い。
 
 おもしろかったのが、アジアとヨーロッパの境界を「お茶」で捉えているところ。アジアの各地では、いたるところでチャイを飲むことができ、「茶」「チャ」「チャイ」と、「C」で始まる呼び方をしている。ところが、ヨーロッパでは茶ではなく珈琲を飲む。そして、紅茶は「ティー」「テー」など「T」で始まる呼び方をされているのだ。トルコまでは入れるもの、飲み方は違えどチャイが売られ、振舞われていたが、ギリシアに入ると、珈琲や「ティー」の国々になってしまう。この考え方では、トルコまでがアジアなのである。 ところが、ポルトガル語で紅茶が「CHA」(シャ)ということが、果ての岬サグレスを訪れたときに分かる。なかなか面白い邂逅である。
 チャイはインド料理店で出されたことがあるが、牛乳が入っているため私には飲むことができない。旅ができないなと思う大きな理由は、好き嫌いがひどいところにもあることは間違いない。

第13章 使者として (トルコ)
第14章 客人志願 (ギリシャ)
第15章 絹と酒 (地中海からの手紙)
第16章 ローマの休日 (南ヨーロッパⅠ)=(イタリア・バチカン・モナコ・フランス)
第17章 果ての岬 (南ヨーロッパⅡ)=(スペイン・ポルトガル)
第18章 飛光よ、飛光よ (終結)=(パリ、そしてロンドン。そして・・・?)
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2008.10
23
(Thu)


沢木 耕太郎
Amazonランキング:11963位
Amazonおすすめ度:



 読む本の選定に本当に脈略がないのですが、思い立って「深夜特急」を図書館で借りた。
沢木耕太郎氏が1970年代前半に、香港、マカオ、タイ、マレーシア、シンガポールを経て、デリーに入り、バスでロンドンを目指した旅の紀行文である。今で言う「バックパッカー」の旅といえる。
 
 アジアへ旅する、それもバックパッカーの旅行記はなにか惹かれるものがある。
 ここには、国、人、旅という3つのおもしろさがある。
 自分が体験できないことだからかもしれない。
 日本とは全く違う文化や、食を知る楽しさだけではなく、その国の重い歴史、貧しさや、そこからくる人間性の違いに驚かされる。活気と混沌がないまぜになっていて、濃厚なのだ。そして、旅人自身の現状や未来に対する葛藤なども現れてくるから、とても人間臭い読み物である。 はじめて読んだのは深夜特急1で、次に読んだのは小林紀晴さんの本だったか。昔から中国やチベットに興味を持っていた時期もあったにもかかわらず、実際に行ってみたいという気は起こらない。旅自体が快適とは程遠いため、清潔で分かりやすい日本にどっぷり浸かった自分には挑戦する気概がない・・・。アジア各地を旅するような覚悟は私にはないなと読めば読むほど思う。まっすぐな人は、現地に行ってなにか活動するようなこともあるのだろうが、できない人間は「なんとかしないといけない」とか生半可なことは言ってはいけない気がする。それ以前に旅する(正直にいうと観光ですら億劫ではある)ことすらできないから、本当に狭い日本人だなと思うけれど仕方がない。こういう世界を見てきた人の本で読むだけで許していただきたい。

 第七章 神の子らの家 (インドⅠ)
 第八章 雨が私を眠らせる (カトマンズからの手紙)
 第九章 死の匂い  (インドⅡ)
 第十章 峠を越える (シルクロードⅠ) ←パキスタンからアフガニスタンへ
 第十一章 柘榴と葡萄 (シルクロードⅡ)←カブールからテヘランへ
 第十二章 ペルシャの風 (シルクロードⅢ)

 中学生のときに「深夜特急1」を読んだことがあり、もう内容は忘れているだろうけれど、続きということで「2」を手に取った。ただ、ハードカバーの「2」は文庫の「3」と「4」に当たるため、「シンガポール」編を読んでいないことが分かった。今度もう一度「1」から読みたい。
2008.02
20
(Wed)


深夜特急シリーズで有名な沢木耕太郎さんの本。
『世界は「使われなかった人生」であふれてる』という題名に惹かれて買った。
使われなかった、選ばなかった、選べなかった人生というものに思いをはせたり、そういう人生に関する短編集かと思ったら、なんと、映画評だった。

 映画をほとんど見ない私にとっておもしろく読めるのか不安だったけれど、すんなり読むことができた。
「暮らしの手帖」に連載していた映画評の抜粋で、沢木さんが映画を見て感じたことが書かれている。批評めいたものや、薀蓄を語るものはなく、こういうところがよかった、この人の演技がよかったというようなことが書かれている。批判は、こうだったらなとちょっと思った…程度で控えめだ。
 映画は、邦画はないが、ハリウッドからブラジルやインドなどの世界各地の多様な映画が紹介されている。

 評なので、あらすじや、簡単な結末も書いてある。でも、私にはそれくらいがちょうどよかった。映画は、先が見えずハラハラさせられるところが苦手なのだと思う。突然の衝撃的な事実や、悲劇や苦痛、怒りが一気に来るのは恐ろしい。(効果音や映像ではなく)処理が追いつかないのかなんなのか。本は違う。ハラハラはしても、都度自分のペースで消化しながら進めるから。テレビドラマはもっと最悪だ。1週間も待たなくてはいけない。それは耐えられない。とはいえ、内容的にあまりおもしろくないので、高校のときくらいからあまり見ていないけれど…。

 映画を楽しめている人は羨ましい。1800円出して見に行くのは億劫で、ビデオレンタルに行けば、どれが面白い、いい映画かわからない。それを見つけられる人はすごいと思う。
 映画は見ればきっとおもしろいものだと思う。2~3時間に濃縮する、テンポと配分はすごいだろうし、演技も、映像も本にはないおもしろさがあると思う。
 最近の邦画で、読んだ小説の映画版や、面白い脚本家のものは借りてみることがある。この本を読んで、見てみたいなと思う映画も見つかったことなので、早速何か見てみようと思う。
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最近のお気に入りは、梨木香歩さん、森博嗣さん、伊坂幸太朗さんです。
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