☆4040の本棚☆ 文庫とミステリに偏っている私的な読んだ本のおぼえ書きです。
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2008.05
25
(Sun)

この作品は、「ラブストーリー」というライトなタイトルがついているけれど、非常に不可解で、そして怖くて、悲しい話だ。主人公達は「脳」「記憶」を研究している。フィクションとはいえ、専門的な理系用語が並ぶが、根底には恋情、嫉妬、友情などの人間臭い感情がある。そしてミステリーは「殺人事件だけじゃない」と改めて感じさせられる作品だ。


序章、主人公の敦賀崇史は、親友の三輪智彦からはじめて恋人を紹介される。二人は中学からの親友で、今はコンピューター大手のバイテック社に入社し、二人とも2年間MACという専門学校で研究をしている優秀な若者である。親友にようやく恋人ができたことを素直に祝福する崇史であったが、その女性が、電車で気になっていた女性だったことが分かり、驚くほどの嫉妬の念に襲われてしまう。

本章に入ると、読者はとまどうことになる。三輪と交際しているはずの麻由子と崇史が同棲しているのである。MACを出て、バイテックで正式に働き出したところを見ると1年後のようだ。これだけならば、1年の間に何らかの事件で三輪から麻由子を奪ったのだと予想されるけれど、そうではない雰囲気が漂う。崇史は「三輪」という存在をなぜか忘れていたのである。それに気がついた崇史は、次々と記憶に違和感を感じ始める。

一方「SCENE」で始まる項は、MACに通い、三輪と麻由子が交際する序章の続きのようである。二人の仲に崇史は、日に日に高まる嫉妬に悶絶する。ダメだと思いながらも、三輪に嫉妬し、麻由子に近づきたいという気持ちは抑えきれない。この、3人の日々や、脳に関する研究をする場面が描かれている。脳の研究では三輪は「記憶を差し替える」研究を進めているようだ。

 そしてもう片方の、「1年後」の崇史は、この読者が直前に読んだ3人のエピソードの断片を思い出して困惑する。それは麻由子と自分が交際していたのではなく三輪と麻由子が交際していたような情景なのだ。
 本当は麻由子と三輪が交際していたのか?それならなぜ今麻由子と自分が?三輪はどうなったんだ・・・?

 この二つのシーンが、SFのような並行した世界なのか、どちらかが夢なのか、1年の間に何かが起こった過去と未来の話なのか。読者にはどういう展開が起こるのか、どんな真相があるのか大きな謎として襲ってきて引き込まれるのだ。

 当然、この真相には「脳の研究」が関わってくる。真相にだんだん近づく崇史と、それを拒もうとする見えない何か。それがなんだか分からないから、うっすら恐怖を感じる。
 そして、最後は3人の恋愛感情のすれちがいの果てに起こった、悲劇的な真相が分かるのである。

 東野圭吾さんはすごいと思う。「ガリレオ」シリーズなどの推理小説もあれば、「白夜行」などの本格長編ミステリもあり、「手紙」のような感動作品もあり、「怪笑小説」のようなお笑い小説もあり・・・。『THE推理小説』もかけるし、人間のエゴやぐちゃぐちゃしたところまで表現したミステリや、そうでない作品まで書いてしまう。
 まだまだ読んでいない作品ばかりだけれど、すでに色々なテイストの作品を読んだような気がする。ここまでライトに読めるのに面白い作品ばかり書く人もすごい。

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2008.05
17
(Sat)

「オーデュボンの祈り」 

閉ざされた島で生きていた未来を予見するカカシは何を祈っていたのか・・・。


伊坂 幸太郎
Amazonランキング:727位
Amazonおすすめ度:



 本作は伊坂幸太郎氏のデビュー作品。デビュー作とは思えないほどのオーラを放っている。

 話は、仙台沖合の誰にも知られていない島に、コンビニ強盗に失敗し、極悪な警察から逃げだした伊藤が助けられて連れてこられたところから始まる。島は江戸時代の終焉時に鎖国をすることになり、轟という男の連絡船が外界とをつなぐだけで、誰も外に出たことはない。伊藤は100年ぶり・2人目の記念すべき訪問者である。
 驚くべきことに、島には「優午」と呼ばれるカカシがおり、100年前から島にいて、しゃべること、未来を見通すことができるという。しかし、後に真実を伝えることはあっても、めったに未来を人々に教えることはない。この知恵者であるカカシを島民は慕っている反面、悲劇を教えてくれないことで複雑な感情も持っている。
 伊藤が、カカシに謎のアドバイスを受けた翌日、カカシは何者かによりバラバラにされ「殺されて」しまう。誰がなぜ案山子を殺したのか。カカシはなぜ自分の死を予知しなかったのか、もしくは誰にも伝えなかったのか。島内には衝撃が走る。 
 島には独特のルールや変わった人物がたくさんいる。たとえば「桜」という男は、詩を読み、花を愛でるが出会った悪しき人物は容赦なく射殺する。「桜」の射殺は殺人にはならず、天災などと同じくしかたのないことであり、島のルール・法律のようなものだという。
 田舎の長閑な時間の中、変わった人物や、その謎の行動、「桜」による殺人などに出会いながら、伊藤はカカシによってまかれた種から、人々と島に隠された多くの謎、そしてカカシの死の真相と彼の祈りをを見つけ出していく。

 誰かが殺されて、「探偵役」もしくは刑事が誰が犯人か、どうやって事件が行われたかを探っていくのが普通のミステリだとすると、伊坂さんの作品は色々な意味でそれを超えている。
 カカシの殺人事件という突飛な事件が根幹ではあるけれど、それぞれのキャラクターが持つ行動や言動すべてが、ばらまかれた絶妙な「伏線」であり、カカシの謎だけではなく、人々の隠された真実まですべて解き明かされていく構造になっている。これがほんとうにうまいのだ。伊藤はその間を歩いていて、だんだんとその真実に近づいていくだけなのだ。

 島の事件と並行して、仙台では伊藤を追っている警官・城山がいる。城山は警官という肩書きをかぶった一番あってはならない凶悪な人物である。人を精神から崩壊させ嬲り殺す殺人犯であり、レイプ犯である。読んでいるだけで怒りがこみ上げる人物だ。彼が伊藤の元恋人に目をつけ、だんだん近づいていく。非常にスリルのある場面である。もちろんここにもカカシのまいた伏線が絡んでくる。
 この城山や島内で「桜」に殺されるレイプ犯など、犯罪を犯す若者たちに対する憤りが溢れているもの特徴。それは、犯罪はいけない、悲しむ人がいる・・・という風に道徳を訴えているのではない。ただ、作者はそういうものが許せないんだろうなという感覚が伝わってくる。この作品で言えば、動物の生態をぶち壊す人間への警鐘まで感じられる。普通のミステリでは人が死ぬことがファクターであるため、そういうメッセージ性は薄いけれど、伊坂氏の作品にはなんとなく作者の感情が見えてくる。

 そして、もうひとつ好きなのは登場人物のさっぱりしたキャラクターや、洒落た会話だ。短い断定で続く会話は小気味よくて、詩的でクールなのだ。特にたまに出てくる、伊藤の祖母なんかはめちゃくちゃサバサバしていて格好良い。
 伊藤のような島外の人間がもたらしてくれる「島にかけている何か」が何かという謎も、気になる点で、それが分かった場面は爽快である。

 この作品も、ミステリーとしての設定が絶妙な上に、おもしろさ以上の感情を残してくれる素晴らしい作品だった。
2008.05
15
(Thu)


 お仕事の関係でビジネス本が続いています。
今回は、経営コンサルタント神田昌典氏の本。
「感情マーケティング」とあるけれど、情に任せて売るというものではなく、お客が自分の商品に興味を持つポイント、購入したいと思うポイントとなるような感情のスイッチをうまく見つけて利用するかというようなことだ。
 筆者は「MBAを取得したコンサルタント」であるけれど、そういう資格や経歴は全く役にたたないと言い放つ。ビジネスは実際にやらないとわからない。この本は全体を通して神田氏が体験してきた仕事や、コンサルしてきた事例も踏まえられている。
 ビジネスの本質は、最初は見込みでいいので顧客を集めることで、次に繰り返し買ってもらうことと述べている。継続して商品を買ってもらうにも、口コミなどで広めてもらおうにも、最初の顧客が集まらなければ話にならない。実はこの当たり前のことができない。それを乗り越えるための広告宣伝の使い方と、営業としてのお客さんに対するスタンツが説明されている。
 すぐに自分の仕事とリンクできてとても読みやすい。そして非常に参考になる必読書だと思う。
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2008.05
11
(Sun)

「憑神」 

落ちぶれ武士が祈ってしまったのは、不運の神様だった!次々に襲い掛かる不幸にどう立ち向かうのか!?


浅田 次郎
Amazonランキング:45546位
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 幕末の江戸。別所彦四郎は、将軍家を代々守る御徒士の別所家に生まれた次男。格上の井上家に養子に入り、一男をもうけたものの、妬みにあい、離縁させられてしまった。今は兄の住む実家で居候し、離れで実母とともに無役の日々を過ごしている。
 妻子と離れ、職もなく、日々を嘆く彦四郎は、見覚えのない祠を発見する。そこに出世するように拝んだのだが、「三巡稲荷」と呼ばれるその祠は、拝んではいけない、霊験あらたかな不幸になる祠だった。貧乏神に家財を吸い尽くされ、疫病神に死ぬぎりぎりまで苦しめられ、そして最後には死神が憑くという、最悪の運命が待っていた。

 映画にもなった、浅田次郎さん作の時代小説。
 不運に見舞われる武士の顛末はコミカル。最初は自堕落で情けないと感じられた彦四郎だけれども、読んでいくうちに、幕末の武士がとうに失ってしまった、本来の武士の生き様を持ち続けている男だということが分かってくる。武士らしい生き方は、それが平和ボケで廃れてしまったために政権が危うくなったのであるが、時代にすでにそぐわない生き方になってしまっている。武士として、最後に彦四郎がとる行動は必読の場面である。

 これは、楽しく、ハートフルな話で、時代物を読まない人や、本が苦手な人でもおもしろく読める本だと思う。

   
2008.05
08
(Thu)

「車掌さんの恋」 


有吉 玉青
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  地下鉄や電車を舞台にした、短編。
 昔の彼女に思いを馳せる車掌、初めて女性=アイドルに夢中になり中吊りを泥棒に走ってしまった思春期の男子、不倫旅行に向かう男女、きせるを辞められなくなった優等生の女子高生、仕事一筋で家族とギクシャクしている初老の男。
 電車は生活の中では手段であり、通過点であり、目的であることは少ない。この5人も、それぞれの人生の一場面の通過点が、たまたま電車にまつわっていたということだ。
 ものすごくうまい文というわけではないんだけれど、ほっとした気分になれる本だ。 
 
 電車にまつわる小説と聞くとすこしおもしろそうだと思うのはなぜだろうか。(マニアックなものではなく)。 同じ電車を舞台にした本では有川浩の「阪急電車」が気になっている。まだハードカバーが出たばかりで読んでいないけれど、たまに乗る電車だけに気になる。
 前に東野圭吾の短編で読んだ、満員電車にうずまく憎悪の話も滑稽でよかった。
 身近なものが舞台だからきになるのだろうか?
 読んだ直後に電車に乗ると色々と考えてしまうのも楽しい。
 そういえば初めて読んだミステリのひとつは「西村京太郎」の電車を舞台にしたものだったかもしれない。「つばめ殺人事件」みたいなやつ。(時刻表を駆使してアリバイを崩すのは、考えは凄いけれど、今は話としては惹かれないかも)
 
 この本は、新幹線に乗る前に買った。結局新幹線では読まず、新快速の中で読んだけれど、新幹線より、在来線や地下鉄が舞台なので、そっちのほうが合っていたと思う。
 それにしても、手段である新快速は人が多いし、疲れる。
 それよりも、地元の特急列車のほうがやっぱり好きだ。 
 郷愁たっぷりのひとときをすごすことができる。
2008.05
02
(Fri)

「クレィドゥ・ザ・スカイ 」 

「森先生、やっぱりわかりませんでした」


「スカイ・クロラ」シリーズ、第5巻「クレィドゥ・ザ・スカイ」です。

~Cradle the Sky~

クレイドルの意味はゆりかご。

 スカイ・クロラシリーズは全5巻+番外1巻。「スカイ・クロラ」から読み始め、「クレィドゥ・ザ・スカイ」が最終巻。しかし、時系列で並べると4番目で、最終巻が「スカイ・クロラ」になる。
 この作品の素晴らしさは、その詩的で静謐な空気と、大人とは、こどもとは、自由とは何かを問いかける深いテーマと、そしてすべて読んでも解けない謎である。

 本巻の最大の特徴は、最大の難問でもある。主人公(視点)である「僕」が誰か分からないのである。これは草薙ともとれるし、クリタともとれるし、カンナミともとれるのである。

 この「僕」は何らかの事件か事故で入院しており、自分が誰なのか、記憶が曖昧になっている。病院を抜け出し、娼婦のフーコとしばらく過ごした後、研究者の相良のもとに向かう。相良のところでかくまってもらうのであるが、彼女自身も警察に監視される立場だった。相良はキルドレを使った戦争に反対し、キルドレから普通の人間へ「僕」を戻したがっていると見られる。「僕」は自分の記憶や、空を飛ぶ空想の間をゆらりゆらりとした状態で、目的もなく逃げている。

 詩的で美しい飛行シーンは2回のみ。どちらも本来の戦闘の場ではない。「僕」は自分がどのような歴史を持った何者なのかという記号を持ち合わせていない状態だ。ただ、自分は空を飛び、踊り、誰かを打ち落とすか、自分が落ちるか、その役割としての自分しか持っていない。自分がもう飛べないかもしれないという状態の中、飛んだこの2つのシーンはまさに体が覚えているという感じで空を飛んでいる。

□キルドレ~「大人への自己成長を拒み、子供としての自己実現を目指して破綻していく」(押井守)

 キルドレとはどんな存在か。ただ器が子どもで精神が大人というわけではない。薬によって生み出され、戦闘のために「利用」されている、そして寿命がない。作中の世界では、キルドレによる戦争をおこすことで、一般の人々に戦争の醜さを知らしめるという機能があるらしい。そう考えると、キルドレは大人の都合で利用される犠牲者である。ソマナカの科白で「ずっとずっと誇り高い勝利者なんです。犠牲者は我々大人のほうだ」とある。普通の人間の生活や幸せと格別し、一定の狭い組織の中で、死と隣りあわせで生きるというと、不自由のきわみのようであるが、彼らにとっては、普通の社会で縛られ、かといって反抗もせずねちねちと生きる大人たちのほうがよっぽど不自由なのである。空を飛ぶという役目のなかにこそ、自分達の確固たる生きる道を見つけたという点で、キルドレは大人とも、大人に左右されるか、どこにも飛び立てない子供よりも自由な存在なのかもしれない。
 映画を撮る押井守監督のあとがきを是非読んで欲しい。ぼやけていたキルドレ像がすこし浮かび上がってきた。
 
□謎
 シリーズをずっと読んできて、この作品で何かがクリアになるかと思っていたけれど甘かった。新たな謎が浮かび、そしてすべての謎を解く鍵がこの巻に集まっていると思う。でも、明確な答えがでない、そして出なくてもいいと思わせるのが森さんの作品の魅力でもある。ただ自分に読解力がないだけなのかもしれない。とても気になるけれど・・・。

 私が持った印象は、草薙とクリタ、そしてカンナミは同一人物なのではないかということ。「四季」みたいな多重人格というか、長く生きるキルドレであるため昔の記憶は処理されるか、組織の力で新たな人格を植えつけられるかしたんじゃないかと思ったのだ。この本の「僕」にも、エピローグのカンナミの心にも、草薙のコードネームを呼ぶ、「ブーメラン飛んでいるか?」の声が聞こえてくるし、「スカイ・クロラ」の三ツ矢の「クリタが死んでカンナミになった」という発言も気になる。
 しかし、草薙とクリタ、草薙とカンナミはそれぞれ別の人物として出会っているのである。矛盾だらけである。どこかで人格を統合されてしまったとか都合のよい話でもあるまい。文章のどこかで「僕」の視点が変わっているんだろうけれど、何処で変わっていても、3人のうちの誰かに思えてはっきりしない。

 謎を挙げれば枚挙にいとまがない。
普通のミステリなら、詳細まで判明するところだけど、他の「森ミステリ」ですら同期など謎が明かされないまま終わるくらいだから、この神秘的な作品は謎をふくんだままでも仕方がないのかもしれない。
4040の頭ではもう追いつかないので、謎解きは他のサイトさんを見せてもらって楽しませてもらおう。

 魂から空を舞うことを愛し、飛び続けたいと願っていた草薙。しかし、「スカイ・クロラ」では、人生を見失い、疲れ果てた姿に見える。代わりに登場したカンナミは、他の3巻で草薙がそうだったように空に恋焦がれ、美しく飛んでいる。どんな形かはわからないけれど、この2人の精神はどこかで繋がっているのだと思いたい。
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4040です*
最近のお気に入りは、梨木香歩さん、森博嗣さん、伊坂幸太朗さんです。
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