「きいろいゾウ」
夫婦は東京から田舎に引っ越してきた。お互いのことを「ツマ」「ムコ」と呼び合う。夫は武辜歩、妻は妻利愛子という冗談のような名前だからである。
二人の毎日は非常にゆったりしている。風呂で茹で上がったカニ。ふらりとやってくる野良犬のカンユさん。チャックが開けっ放しのおじいさん・アレチさんと、その妻の認知症のセイカさん。登校拒否の小学生大地くんと、大地君に恋する洋子ちゃん。道端にある、誰のものかわからないお墓。
ユニークな隣人や動物達がゆったりとした毎日を、ささやかに彩っていて優しい気持ちにさせる。
「きいろいゾウ」は途中途中で織り込まれる絵本(絵はない)。病気で入院している女の子のところに、月と仲のよい空を飛べる不思議なゾウが現れ、世界を見せてあげるという内容だ。
ツマは、小学生の頃、心臓を患い入院していた時に、この絵本に出会った。この黄色いゾウの存在が彼女を救っていた。その過去のせいか、不思議な感覚の持ち主で、自然のもの達と「会話」ができたり、みなの見えないモノが見えたりする。そして、満月を見ると心が張り裂けそうになる。
言いたいことが言えない。遠慮しているのではなく、伝える言葉がない。それで葛藤し、不安定になるツマ。小説家であるムコは毎晩日記を書いている。書斎に入っている間何を考えているのか、日記には何を書いているのかツマは知らない。
一方、ムコはツマが小学生の頃、心臓を患い、入院していたことを知らなかった。何を抱え込んでいるのか分からないツマを支えきれず、ツマが遠くに行ってしまうのではと不安になるムコ。
お互いに知らないことがある、でもそっとしておこう・・・。そうしている間にどんどんしっくりいかなくなってしまい、二人の平穏だった毎日に変化が訪れる。
ムコがツマの「きいろいゾウ」のような存在になる。そうなるまでに互いの精神的な壁を乗り越えていく。夫婦の倦怠でも、不倫による関係の崩壊でもなく、絆を書いた作品だった。
実際の夫婦が、このようなふわふわとした精神世界で暮らしているのか、倦怠感にまみれて不満の中で暮らしているのか、恋だの快楽だのを外に求める人が多いのかどうか、夫婦になったことがないから分からない。多くの人は、ツマとムコのように互いの絆というものを深く見出すことはなさそうだ。離婚という行動を起こす人もそこら中にいるわけではないだろう。少しの不満と、普段は気づかない安心のなかで、死ぬまで一緒にいることが多いんじゃぁないだろうか。
最初のほうの田舎の書き方がよかったと思う。静かな田舎は、この本のゆうとおり、都会とは違うにぎやかさがある。確かにそうだ。夏の夜などは、何種類もの虫や蛙の声で溢れている。にぎやかでもあるけれど、夜は少々怖いような気がする。たとえば大雨の雨音や、雷や、濁流の音など、外の闇を想像してしまうといっそう恐ろしい。
都会の夜で怖いのは人間だ。自然で恐ろしいのは地震くらいなもので、家の中にいても外の喧騒が聞こえてくるし、安心できないこともあるだろう。誰もが関係ないようで油断ならない存在だ。まったく嫌なところに来てしまったもんだとよく思う。



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