「博士の愛した数式」
この話は、80分しか記憶の持たない博士と、家政婦と、その息子の愛情あふれる、温かな物語だ。
彼女は、これまで9人も辞めていった問題の家に家政婦として派遣された。家主の老婦人は、離れに住む義弟の面倒をみよという。
義弟である男性は、昔大学教授で数学の博士だった。交通事故の後遺症で、記憶が80分しかもたなくなってしまい、以来、数学雑誌の懸賞を解くなどして細々と暮らしてきた。彼のスーツにはたくさんのメモ書きの紙が留められている。そうしないと何をしていたかスッパリ忘れてしまうからだ。その姿は異様にも見える。
彼女は、彼女自身のことでさえすぐに忘れ、仕事に没頭する博士への対応を苦慮しながらも、博士について様々な発見をし、だんだん理解するようになる。
博士のコミュニケーションの架け橋になる話題は「数字」である。誕生日、靴のサイズ、電話番号・・・。相手にそれらの数字を尋ね、その数にまつわることをつぶやく。それが彼なりの場の持ち方だ。彼女は、博士が説明する、数の魅惑に、最初は戸惑いながらも引き込まれていく。博士の書く数字、説明はとてもわかりやすく、安心するようなものなのである。
その博士に魅入られたのは家政婦だけではない。家政婦の小学生の息子もである。息子を一人で留守番とは何事かと、家に連れてきなさいと言った博士。博士は子どもには強い愛情を示すようだった。
博士は息子を「ルート」と呼んだ。
息子の頭のてっぺんがルート記号のように平らだったからだ。
「これを使えば、無限の数字にも、目に見えない数字にも、ちゃんとした身分を与えることができる」
博士、家政婦さん、そしてルート。穏やかだったり、楽しかったり、悲しかったりする3人のささやかな日々が描かれている作品だ。
こんなに暖かい話はひさしぶりに読みました。
何が暖かいんだろう。
小川さんの作品の雰囲気からかな。
博士の言葉も、家政婦さんの理解しようとする姿勢も、しっかりしたルートも。全部暖かい。
目を引くのが博士の境遇。
80分たつとリセット。事故の日までの記憶でストップ。
80分の中で、考え、見聞きし、出会ったもの全てが失われる。
その瞬間に見るのが「僕の記憶は80分しかもたない」という宣告のメモ用紙。80分たつごとに、博士はその恐ろしい絶望感と戦わなければならない。数式だけが時間の中をそのまま移動できる。でも博士の記憶や体験は80分向こうには移動できないのだ。
本当にあるのか分からない病気だけれど、なんて悲しい病気なんだろうと思いました。
「数字」「数学」は不得意でした。学年があがるごとにそれは顕著になりました。基本問題や計算はできても、パズルのような応用問題がでるとおしまいです。考えられない。センスがないんだと言ってごまかしていました。素数、友愛数、ルート、双子素数・・・。博士が説明し、家政婦さんが見るその数字たちは、とてもおもしろいものでした。話の雰囲気に流されているのかもしれませんが、冷たい、無味乾燥な数字があたたかく、かわいらしいものに感じられるのです。不思議でした。
悲しい病気が元に作られた出逢い。博士は自分たち3人で蓄積した時間は覚えていないけれど、たしかにそこには愛と呼ばれるようなものがある。本当に素敵な話だと思います。
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