「I’m sorry,mama.」
「グロテスク」で気になって、そのまま図書館で借りてみました。
ショッキングピンクの表紙、廃墟に少女、ゴシックで「I'm sorry mama」の文字。もう、それだけでなんかすごそうだこの本…と惹きつけられてしまいますね。新聞の2面に広告が出たとき、読んでみたいと、そういえば気になっていたことを思いだしました。
グロテスクほどの緻密さはありませんが、主人公・アイコの破壊的な悪役っぷりがパワフルな作品です。さえない見た目のアイコ。話ではすでに中年の女性。人生の中で、盗み、売春はおろか、実は殺人まで何度も起こし、それも足がついていない。根から腐ったような人間です。救いようのない、潔すぎる悪役ぶりです。
この悪役が、悪事をエスカレートさせ、どうやって追い込まれていくのか。このまま悪事がばれずに逃げおおせられるのでは!?とハラハラするようなスピード感もよかったです。
アイコは、娼婦のいる宿で生まれ、親は誰か分からぬまま、娼婦たちと過ごしていました。宿主の死で、児童施設で暮らし始めますが、普通ん子供とは違う、妙に大人っぽいというか、大人のずるがしこさを持った奇妙な子供でした。
前半では、アイコにかかわってきた人がアイコについて思い出したり、アイコを中心に事件が起きたりします。
後半は、アイコの視点です。アイコは実は殺人事件を起こすのですが、それから逃れるために居候の地を離れ、昔からの知り合いの老婦人の元を尋ねていきます。娼婦だった老婦人、昔の娼婦たち、新しい働き口。そういうものと関わるうちに、アイコは自分の出生の秘密を辿っていきます。
快か不快かだけで生きているようで、怒り、苛立ち、狂気、敵意。そういうものの塊のよう。悲しみなどが全く感じられない。そんなアイコなのですが、ひとつだけ弱点のようなものがあります。それは、母親の存在です。生まれたころから娼婦の元で暮らし、親はだれか分からない。捨てられて蔑ろにされてきたアイコ。彼女の支えは宿主からもらった母親の肩身という白いハイヒール。
世を捨て、悪事を働きながら生きる大人になっても、それを大事に持ち続け、そして話しかけ続けているのです。
この話には、色々な女性が出てきます。どれも、一般的な「まっとうな人生」を送っている人ではありませんが、色々な母親の形が見えるような気がしました。
桐野さんは女性を、すごい角度からばっさり切り取って表現する作家さんなのでしょう。他の作品も読んでみたいです。
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