「あやしうらめしあなかなし」
小さいころ「怖い話」が好きだった。「花子さん」や「本当に会った学校の怖い話」「妖怪の話」・・・。怪談や心霊写真や都市伝説がクラスのなかで流行するなどということも多々あったように思う。ただ、今、そういう「怖い話」にも色々ジャンルがあり、自分がそれら全部が好きというわけではないことが分かる。積極的に恐怖を感じさせるもの―たとえば「呪怨」のような―や、脅かすもの、スプラッタ、痛そうなもの(バキバキと体がねじれる!とか)、実際にあった怪談などはべつに好きではないし、現に見ていない。「ホラー」が好きなわけではないのだ。
惹かれるのはまさにこの本のような怪談だ。
まず舞台は日本がいい。現在でも、明治大正、戦中でも、江戸でも平安でもよい。
そこに幽霊が出たり怪異がある。「怖い!」ではなく「ぞくっと」くらいでいい。その出てくる霊たちは、人間を脅かそうとして出てきているのではない。現世を生きる人々になんらかの訴えを持っている、もしくは、喚起させる。もしかしたら、幽霊や怪異などではなく、人間がそう思い込んでいるということかもしれないけれど、それでもいい。
話も、とても悲哀に満ちているストーリーが隠されていたり、幸せを願うものだったりする。
妖のものが出てくるにもかかわらず、人間の儚いストーリーがこめられた、怪談がいい。
浅田次郎さんの小説は長編も短編も好きでよく読むけれど、この本も絶妙だった。悩みを抱えて生きている人々のもとに、幽霊があらわれたり、不思議な出来事が起こる。単に怖い話では終わらせられない内容で、どれもおもしろかった。 『赤い絆』
神道を継承する一族に生まれた少女が、叔母から怪談を寝物語に聞いている。叔母がまだ幼いころに出くわした、心中をしようとしる大学生と遊女の話。少女は一緒に暮らす、離婚して水商売で生計を立てる母親と遊女、そして叔母を重ねながら話を聞く。
大人びた少女の母親が失った人間関係の絆に思いをはせる。神道に生きる人についても面白い。
『虫篝』(むしかがり)
会社の不渡りで一家夜逃げしてきた男。彼の家族や近所の人が、男にそっくりな男―それも一番成功していた頃に―に出くわしているという不気味な出来事も重なり、守りたいのに守れない、家族や生活に追い詰められている。大家にこの話をしたところ、大家も戦争中、「自分」と会ったことがあるという―。
二人の自分のどちらが人生を勝ち取るか。不思議で悲しい話。
『骨の来歴』
男がデイトレーダーをしているという旧友に久しぶりに会いに行った。その友人は、高校卒業からどうしていたのかを饒舌に話し出した。彼は佐知子という同級生と実は付き合っていたのだが、親に反対されていたという。彼女の親にとある交渉をした結果か。佐知子は自殺してしまう。そこから友人はどうやら「狂っている」としか思えない話をし始める・・・。
亡者に狂った男のぞっとする話。
『昔の男』
古い病院で馬車馬のように働くナースの浜中。一方浜中は、恋人の林から結婚を切り出され戸惑う。仕事を辞める決心がつかず、結局林と口論になってしまう。婦長の逸見が『昔の男』に会いに行くという話を聞いていたため、自分もそうなるのかと漠然と考えていたところ、思いも寄らない人物が訪れる。それは、逸見が会っていた『昔の男』だった。それは「本当に昔の男」だった。
結婚と仕事…働く女性の人生の選択に迫られた女性が見た、先人達の人生。いい話です。
『客人』(まろうど)
両親が相次いで亡くなり、仕事をやめ、遺産で暮らすようになった主人公。盆。迎え火をたこうとする日に、飲み屋の女主人と知り合う。3日後、送り火を炊く火になって、女は帰りたくないと言い出す。怪しみ始めたときに、友人の坊主が飛んでやってくる。男の過去と、坊主の祖父が出会ったその過去の一部。女は一体はただの女主人か、それとも・・・・?
盆に呼び出してしまった。ぞくりとする怪談。
『遠別離』
戦中。妊婦の妻を残して入営した男。近々フィリピンに行かされるだろう。そうなればもう会うことができなくなる。四辻で見送ってくれた妻を想いながら門番をしている。霧の向こうでは老婆が花束を持ちうろついている。死神のように・・・。
一方現在。最近青年はアルバイトに精を出している、親は色々言うが、建設現場の門番もひとつの街を造った気分になり、なかなかやる気が出てきた。交差点の向こうでは、今日も呆けた老婆が歩いている・・・・。
戦争を扱った哀しいけれど、どこか暖かい話。この話も好きです。ちなみに、上のように書いていますが、青年が兵士の生まれ変わりという話ではないです。
『お狐様の話』
「赤い絆」の叔母の最高の怪談。少女だった頃、狐憑きに会った貴人の娘がやってくる。憑いた狐は強く、かなりの格の曽祖父の力を持ってしても祓う事ができず、少女は狐に心を奪われてしまう。そして、叔母は壮絶で、あまりにも哀しい場面に出くわすことになる。
日本古来の神道を扱った雰囲気がいっそう不気味である。病気を持った動物を排除するのと同じように、手のつけられなくなった人間を排除せざるをえなかったやるせなさを叔母は伝えている。
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