「新約聖書を知っていますか」
東京の出張に行ったときにoazoで買いました。せっかく東京に行ったので、なにか珍しいものを買えばよいものを。(東京に若干勘違いをいだいています。)昔から図書館や本屋で幾度も見かけていたこの本を手にとってしまったのは、BRUTUSで中途半端にキリスト教のストーリーを知ってしまったからです。
絵と絵をつなげて時代を追い、短い説明がなされていたBRUTUSの記事。不可解な現象の多いキリスト教の話は、コレでは理解出来ない!
この「新約聖書を知っていますか?」は、キリスト教についての知識が浅いビギナーで、キリスト教徒ではない人にはお勧めの1冊です。
エッセー体のおもしろい文章で、聖書という謎の1冊のあらすじと、筆者の思う、キリストとは何だったのか、どんな「人間」だったのかが書かれています。ちょっと茶化した表現が入ったり、人間から神という存在として自信を抱いていくというキリストへの人物評などは、キリスト教の熱心な信者の方には冒涜なのかもしれませんが、軽い仏教徒の私にはおもしろく読むことができました。
大まかだったキリストの一生に、有名なエピソードと使徒たちの知識が加わり、キリストとキリスト教の発端の話を少し深く知ることができました。とても分かりやすかったです。
何人も同じ名前のいるペテロさんやヨハネさん、マリアさんの区別がついたのもよかったです(笑)
ちなみに、「旧約聖書を知っていますか?」や「ギリシア神話を知っていますか?」という本も書かれています。
「東京タワー ~オカンとボクと、時々、オトン~」
リリー・フランキー / 扶桑社
Amazonランキング:184位
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今度は「東京」続きですね。
リリー・フランキーさんの大ベストセラー「東京タワー ~オカンとボクと、時々、オトン~」です。「時々、オトン」が妙に気になる作品です。
この作品は、リリーフランキーさんの半自伝的小説で、彼を支えてきてくれた母親の生き様と、彼のちょっと変な家族が描かれています。母親を大切にする思いがあふれる作品です。
筑豊の炭鉱町で、女でひとつで雅也(りりー)を育てるオカン。苦労しながらも、いつも息子のことを考えている母親です。そこに、別居していて、堅気とは思えない父親が人生の節目節目に闖入してきます。オカンにべったりで生きてきた九州での少年時代、将来が見えず回り道をしながら生きていく雅也と、病気になっても明るく生きるオカンの東京時代へと、時系列を移して話は進んでいきます。
大泉洋主演の特別ドラマ、もこみちの月9、オダギリの映画と、映像化されているので、内容は語るまでもないのだと思います。ただ、テレビはやっぱり原作とは違う要素、たとえば恋愛などがたくさん入ってしまっているようです。大泉さんのほうのドラマは見たのですが、それと比べると、原作はじっくりした内容でした。(3人の中では一番大泉さんがリリーっぽい。)
原作は、リリー氏の九州時代から東京に出てくる成長の時系列に合わせて、お母さんのエピソードを紹介していくもの。その、途中途中で、彼の母親に対する思いや、若いころの自分の生き方に対する不安が描かれていたり、家族というものに対する考えがいきなり語られたりしています。(ちょっとそれが唐突過ぎたり、堅かったりしますが)
少し一般的な家族構成とは違いますが、普通のお母さんを描いたもの。すごい人生観や発言を持っていたり、ありえないほどの苦労を重ねたりするわけではないのですが、料理が上手で、明るくあっけらかんとしていて、周囲の誰にでも優しく、楽しいリリーさんのお母さんは、とてもおもしろくて、素敵な人だったんだなと思いました。
「水曜の朝、午前三時」
本屋さんで、最近良く見かける本です。
「こんな恋愛小説を待ち焦がれていた。わたしは、飛行機の中で、涙がとまらなくなった・・・・・・」
と、「あたっくちゃ〜んす」の児玉清氏が絶賛されているという帯がついています。
表紙がなかなかお洒落だったので買ってみました。そう、私の本の選択の50%はジャケット重視です。
内容は、語り手である男性の婚約者の母親の人生を描いた作品です。なかなかややこしいですが、男性の婚約者の母親・四条直美。男性は後の婚約者の四条葉子とは幼馴染。直美も子どもの頃から知っていて、憧れを抱いていたのですが、彼女は脳腫瘍で45歳の若さでなくなってしまいました。
直美は物書きをしつつ気ままに生きる自由な女性でした(イメージ桃井かおり?)。周囲の母親達からは異常なものとして見られていたようです。
直美は死ぬ直前に、娘の葉子に向けてテープを残しました。
そこには、23歳の頃、大阪万博でホステスとして働いていたころの恋愛について吹き込まれていました。祖父がA級戦犯だったため、過敏反応する厳格な家庭に育ち、許婚までいた直美。殻を飛び出して就いた万博のホステスの職場でであった白井との恋。そして、白井との恋を「人種差別」という恐怖に負けて終わらせてしまった罪悪感と後悔の話・・・・。
丁寧な言葉で語られる直美の人生と、ラストに男性が白井本人と会うまでの話がつづられています。
時代背景、23歳までの経緯の場面が長く、恋愛の部分は少し短くはありました。「涙を流す」というような感動はありませんでした。
人種差別や戦争、時代の女性観などなかなか重いテーマがありますが、直美の語り口がとても丁寧なためか、あまり重く感じずに読むことができました。
大阪万博という、今では考えられない、日本中がかかる熱のようなできごとが起こった時代がありありと書かれていて、その辺が興味深かったです。その時代を知っている人が読んだら、また違った捉え方で読めるのかもしれません。
「殺し屋シュウ」
タイトルのインパクトと、表紙の雰囲気になぜか惹かれて借りました。
一見普通の大学講師の殺し屋を描いた、変ったハードボイルドな小説です。
シュウは暴力的で、警察の力を乱用して傍若無人に振舞う父親が
を自作の銃で殺害してしまいます。母親が父親と互いに殺しあう覚悟でいたところを、シュウが見かねて手をかけたのですが、母親は罪をかぶり服役することになりました。
シュウは、父親の悪友・匠の手ほどきにより、アメリカの殺し屋から銃の訓練を受け、殺し屋として生きることになります。
ずいぶん突飛な設定です。
シュウは殺すことに快楽を持っているわけでも、金に執着しているわけではありません。(銃には執着を抱いていますが)。昔は憧れたこともあり、同時に殺意と銃の存在を心に植えつけた父親に手をかけた瞬間から、シュウは呪われた道を抜け出せずにいるという感じです。
寂しさ、クールさ、スリリングさがかね備わった面白い作品でした。
短編の連載ものなので1話1話は短めなので読みやすいと思います。
銃に対する描写が多いので無骨な感じもします。1作ずつ主役の銃と、殺害後、鬱々とした気分に飲まれるカクテル。
ハードボイルドがなんなのかは分からないけれど、哀しいハードボイルドだ。
「ハリガネムシ」
高校教師、中岡慎一の堕落していく様を描いた作品。
娼婦のサチコとつるみ始め、だらだらと付き合っていきます。
サチコは馬鹿みたいな言葉遣いで話し、子供二人を施設に預け、やくざかなにかともめたりもする女です。
夏休みに3週間もサチコと四国へ行きます。
こんな女でも…と仲良く落ち着くのかと思いきや。
サチコにだんだん暴力を振るうようになって…最後はめちゃくちゃです。
「ハリガネムシ」が蟷螂の体内でうごめいているように、暴力が慎一の心の中をうごめいている・・・・そんな話です。
「たぶん芥川賞かなにかとっていたな」と、タイトルと表紙のデザインが記憶にあったので、図書館で借りてみました。
普段読まない、苦手とするタイプのほんのようでした。
堕ちた人間の話で、人を傷つけていくというあたりが、痛々しい…。
特に最期あたり。サチコのリストカットを縫ったり、空き地で云々…。
グロくて、すこし気分が悪くなりました。ご注意を。
堕落した生活をした人間の話も受け止めにくいですが、それに暴力が加わるとさらに受け止めにくいですね。
「蛇にピアス」とか、あのあたりの空気がありました。
おそらく、こういうストーリーを考え出せるというあたりだけでも、すごいんだろうな…ぁ、と思います。
「佐賀のがばいばあちゃん」
これだけミステリー作品をならべておいて、いきなりコレかというかんじの作品を出してきました。
お笑い芸人・島田洋七氏の佐賀でばあちゃんと過ごした幼少時代を描いたこの作品。
発売時に読んでいたのですが、なぜ今紹介するかというと、今朝、TVドラマの制作が始まったというニュースを見かけたからです。
そう、私は佐賀県出身・・・。
田舎者ゆえ、ロケ地が佐賀で(しかも地元)ちょっと嬉しくもあるのです。
市長がフジテレビまで行き、アピールしたそう。市全体浮かれているようでございます。
はなわさんのおかげで悪い意味で有名になった佐賀県ですが、
それでも注目されると尻尾を振るかわいくもあり、悲しい県です。
がばいばあちゃんを読んだのは父が買ったからです。大阪に遊びに来た父と弟を、NGKに連れて行ったとき、島田洋七がサインしながらそこで売ってました。父が佐賀出身だとか言いながら買いに走っており(若干恥ずかしい)、サイン本です。暇だったので読んだしだいでございます。
ふるい時代のばあちゃんのお話で、心温まる感じですね。
映画もあって、意外にもそこそこの集客集だったようですが、見る予定はないですねぇ。
でもドラマは、地元なのでこっそりみちゃおうかなと考えていたりいなかったり。
ところで、佐賀弁で「がばい」は「すごい」という意味なのですが、
「がばいばあちゃん」という言い方は違うと思います(笑)
「がばい」は名詞ではなく、形容詞につけるべき言葉なので、
この使い方間違っていると思うんですよねー。
「がばい おおきか」で「すごく大きい」という感じ。
「がばい すごか」なんていうのも・・・(とてもすごい)。
まぁ、どうでもいいですが。
僕のなかの壊れていない部分
白石 一文 / 光文社(2005/03/10)
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表紙の不貞腐れたウサギさんに惹かれて購入しました。
さて、どう説明したらいいでしょう?
というか、どうにも説明できない本です。「おもしろくない」「読みにくい」という感想も良く見ます。私は、読みにくさは感じませんでしたし、それなりに面白いなぁと思いましたが、結局どう解釈したらよいのか、よく分からない本でした。
amazonや本の裏表紙によるとこんなカンジで説明されています。
『出版社に勤務する29歳の「僕」は3人の女性と同時に関係を持ちながら、その誰とも深い繋がりを結ぼうとしない。一方で、自宅には鍵をかけず、行き場のない若者2人を自由に出入りさせていた。常に、生まれてこなければよかった、という絶望感を抱く「僕」は、驚異的な記憶力を持つ。その理由は、彼の特異な過去にあった。―生と死の分かちがたい関係を突き詰める傑作。 』
本当に屈折した感じの主人公。この本の好き嫌いは、まずこの「僕」を受け入れられるかどうかにかかっていそう。私は、小説に出てくるこんな独特な男性は嫌いではないので(実際にいたらどうかわからないが)読むことはできました。
とにかくつきあっている女性、特に、恋人に当たる枝里子に対しては、たまに安堵感も感じる一方で、彼女の考え方を心の中で卑下し、突き放したりしながら付き合っている。その付き合い方が、女性ならずとも、おぃおぃと思ってしまうような気がします。(もしかして実は、男性はそんな考え方を一般的に持っているもの?;)
「なぜ自殺しないのか」、「驚異的な記憶力」により、今まで読んできた仏教などの書物の内容を引用しつつ考えている。この部分、解釈しにくい。「生と死の分かちがたい関係を突き詰め」られていたかどうかよくわかりませんでした;;
そして、タイトルの『僕の中の壊れていない部分』が、結局どこだったのか!?
だれかおしえてください(´∇`;)
「真知子さん」という、死生感に影響を与えてくれた女性の語る仏教的な生きることの話や、挿入されている仏教話は結構興味深く感じましたが。
多分、この方のほかの本はおもしろいんだと思います。
おもしろかったけれど、分かりにくかったので、別の作品も読んでみたいです。
「不思議図書館」
「寺山修司」という名前は聞いたことがあるけれど、具体的になにをしていた人なのか全く知らない。
それなのになぜ、この本を手にしたかというと、それは「表紙」である。やっぱり。
私の好きな装丁家、鈴木成一氏の手がけた表紙で、テレビの特集番組で紹介されていた。
少女モデルのhanae*が和装した、ふんわりした感じの表紙である。自体もくるんとしているところがあっておもしろい。
本屋に行くと「家出のすすめ」「書を捨てよ、町へ出よう」「ポケットに名言を」など、おもしろそうなタイトルが並んでいた。
「不思議図書館」を手にしたのは、不思議な本を紹介しているというのに惹かれたからだ。
中には、ロボットや魔術師、怪物、少女、などなど、アンダーグラウンドな、出会うことがなかったであろう文献が詰まっていた。
以下に紹介する項目ごとに、おもしろく、謎めいた書誌を紹介しながら、小林修司なりの見解も添えていく。たとえ、その本を手にしていなくても、簡単に流し読みしたように楽しむことができる不思議な本だった。
目次を見ても分かるように、少々内容は闇の雰囲気を漂わせている。変った特徴を持つ人間や、変った性癖なども紹介されているため、なんだか秘密の世界を覗き見しているような感覚に陥った。
海外の作品が多く、一体どこでこのような本達と出会えたのだろうと感動すら覚える。詳しく読みたくても見つからなさそうな本もたくさんある。似たような本はヴィレヴァンに並んでいそうだ。
「読書が好き」とよく言っているが、ここまでの探究心は持ち合わせていなかった。世の中には知らない本やテーマがたくさんあるみたいだ。
1◎市街魔術師の肖像
2◎ロボットと友達になる本
3◎書物の迷路あそび
4◎犬に読ませる本
5◎ひげのある女の実話画報
6◎フェチズムの宇宙誌
7◎大男を愛するための図鑑
8◎古雑誌の中の怪物たち
9◎推理小説ファンのための書誌
10◎賭博に関するおかしな本
11◎変った殺人のための大全科
12◎だまし絵の美術史
13◎食べ方を読む書物
14◎サディズム画集の中の馬男たち
15◎ドラゴンの謎を解く画報
16◎ナチュラル・マジックはあなたの魔法
17◎吸血鬼に関する文献資料
18◎歌うゴリラのシャンソン読本
19◎ポオの謎をとく書誌狩猟
20◎あゝ懐かしの少女雑誌の面影
21◎切り裂きジャックのナイフ入門
22◎千夜一夜の百科事典
「王妃マリー・アントワネット」
遠藤 周作 / 新潮社(1985/03)
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遠藤 周作 / 新潮社(1985/03)
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友人に借りて読みました。本が手元にないためレビューが書きにくいですが。
遠藤周作の作品は読んだことがありませんでした。国語の教科書や歴史に出てくる作家の作品はなかなか読むことがありません。
「マリー・アントワネット」は題材としては知っている人物なので入りやすい作品だと思います。
実際に、淡々と語りかけるような文章は、難しいところがなくてとても読みやすかったです。
「マリー・アントワネット」と聞くと、浪費の末、民衆の反感を買い、フランス革命で夫・ルイ16世とともに処刑された「悪女」のイメージがあります。
それは事実であり、間違っていないのですが、遠藤周作のこの作品では、ただの悪女としては書かれていません。
最初は、世の中のことを知らない無邪気な少女。難しいことは分からないが、うるさい母や教育者の元から解放され、異国フランスにやってきた。フランスでは皇太子妃という地位や周囲や民衆にちやほやされることに有頂天になる。
しかし、その彼女の境遇も満たされたものとは限らない。
彼女の夫ルイ16世(皇太子)は、太った愚鈍な男として描かれている。政治はおろか、マリーにまで興味を抱かない夫を持ったことにマリーは失望する。心にあいた穴をふさぐように、次々に贅沢な生活を続けていった。彼女の「浪費」は、ここでは、そういう民衆に対する知識のなさと、心の空虚さが原因とされている。
この作品では、別の女性の視点もある。それは貧しい少女マルグリットの存在である。彼女は貧しく、厳しい仕事の生活の中、華やかに生活するアントワネットの存在を憎み、憎しみを原動力にして生きている。体を売りながら、次第にカリオストロ博士など裏の悪党の仲間になっていく。
フランスの財政危機は、浪費だけが原因ではなく、今までの付けがたまりにたまった状態だった。ネッケル、テルュゴーなどの財務総監の政策も歯が立たない。民衆の怒りは、(ここでは様々な人の"工夫”がなされる)マリー・アントワネットの浪費癖へと向けられ、憎しみへと変わる。そして、そんな中進められてきた「革命」が火蓋を切るのである。
下巻からは、主に、革命により、王家が議会に囚われの身となる場面に変わる。議会は、ジャコバン派やジロンド派などの派閥の争いをしながら、民衆に運動や一揆、そして無意味な殺戮を広げながら拡大していく。
マリーは子どもを守り、女王の威厳「優雅さ」を保ったままでいることを心に決め、現状からの脱却を試みようとするが失敗。
その間、フィンランド大使との適わぬ恋もする。しかし、っさぞかし愛人と遊んでいたのだろうという予想ははずれ、夫への貞操を貫き、後半では、王をすばらしい夫だと尊敬するようにもなる。
結末は誰もが知っているように、ルイ16世も、マリー・アントワネットも、王自らが発案に関わった「ギロチン」で処刑されることになる。処刑を推し進めようとするもの、やめさせようとするものの思惑がいき違う緊迫した状況が描かれる。
マルグリットは、憎しみの対象が目の前で処刑されたのを見て、全てが終わったと涙を流す。
不公平な身分の差。アントワネットの立場を読むと、彼女の我侭さをイヤに思うと同時に、彼女の悩みも、殺さなくてもよかったのではという思いも起こる。逆に、マルグリットの立場から読むと、身体を売ることでしか生きていけない、身分の差を越えられない彼女に同情するとともに、憎しみだけで突っ走る彼女を痛々しくも感じる。
この作品のマリー・アントワネットの捉え方が、ただの我侭で傲慢な女性ではないというところがおもしろいと感じました。貴族と、貧民の同じ世代の女性を対比させているのも、革命という、立場をひっくりかえそうとする動きを題材としているのも非常に興味深かったです。
フランス革命について知らなくても楽しめる作品だと思います。
ぜひ読んでみてください。
「セイジ」
「本屋さんも泣いた」のキャッチコピーで一押しされていた「セイジ」を図書館で見つけたので借りてみました。書店員の方が読んで、一押しして、それが全国に広まったと聞きます。セカチューブームのころだったためか、結局そんなに話題にはなりませんでした。
「セイジ」と「竜二」という2作品が収録されています。
定職についている風でもなく、だらしがなく見える。一般的な目で見たら変わっている男性。どちらも、社会というものにうまくなじめずにいる。でも、生きるってなんだろうという疑問を抱いて、純粋に生きる二人の男性の姿が描かれています。
「セイジ」
夏休みにふらりと自転車旅行に出かけた僕。旅先の寂れた街の喫茶店で、僕はセイジさんに出会った。どこか哲学的で、あまり物事に関心を示さない彼にに興味を持つ。喫茶店に集まる仲間、セイジが発する少ないけれどとても深い言葉。そして、ある少女に起こった悲惨な事件と、それを目の当たりにしたときのセイジの衝撃的な行動。
「竜二」
東京の雑踏の中で、20年ぶりに幼馴染の竜二と出会った。竜二は若者に混じり、歌を歌い、自由に生きていた。社会にもまれる中で自分のなくしたものをまだ抱いている竜二に惹かれて、頻繁に会うようになった。そんな竜二にとって重要な存在だった、母親や兄との強い絆を感じる作品。
どちらも短い話ですが、書かれていることは、なにか人間の深いものを捉えようとしている感じがしました。短いがゆえに物足りない幹事もしたので、もっと長くて書き込まれた作品があれば、ぜひ読んでみたい。













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